フィリップ・アペロワ
1962年パリ生まれのグラフィックデザイナー。ルーヴルの仕事を経て、Slim d'Hermèsの数字書体を描いた
- BORN
- 1962年
- DIED
- 存命
- MODELS
- 5 本
概要
フィリップ・アペロワ(Philippe Apeloig)は、フランスのグラフィックデザイナー、タイポグラファーである。1962年にパリで生まれた。オランダのトータル・デザインで学び、オルセー美術館とルーヴル美術館の仕事を経験した。ポスターや視覚アイデンティティ、書体を手がけてきた。時計との接点は2015年。エルメスのSlim d'Hermèsのために、輪郭の一部を余白で切った数字の書体を描いた。時計の外から来た書体家の仕事が、シリーズの顔を決めた例である。
生涯
01パリとアムステルダムで
フィリップ・アペロワ(Philippe Apeloig)は1962年、パリに生まれた。デュペレ応用美術学校と国立高等装飾美術学校(ENSAD)で学んだ。在学中には、アムステルダムのデザイン事務所トータル・デザインで2度の研修を受けている。
クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館の解説によれば、学生時代の彼は伝統的なタイポグラフィの手法に触れた。書道や手書き文字、金属活字である。トータル・デザインでは、創設者ウィム・クロウエルの助手たちから、構成の土台となるグリッドの考え方を学んだ。
02美術館の仕事と独立
卒業後の1985年から1987年まで、彼はパリのオルセー美術館でデザイナーを務めた。1988年にはフランス外務省の奨学金を得てロサンゼルスへ渡り、エイプリル・グレイマンのもとで働く。グレイマンは彼に、新しい技術をデザインの道具として受け入れるよう促したという。
パリに戻った彼は1989年に自らのスタジオを開いた。1993年から翌年にかけてはローマのヴィラ・メディチに研究員として滞在し、文字のデザインを研究している。
03教育と大きな仕事
1990年代には母校ENSADでタイポグラフィを教え、1999年からはニューヨークのクーパー・ユニオンで教壇に立った。European Design Awardsの紹介によれば、彼は1997年にルーヴル美術館の顧問となった。のちに同館のアートディレクターを務めている。同じ紹介は、クーパー・ユニオンでハーブ・ルバリン・タイポグラフィ研究センターのキュレーターを兼ねたことにも触れる。
ポスターと視覚アイデンティティの依頼主は、美術館や劇場、大学、出版社など文化機関が中心である。ヴェネツィア建築大学(IUAV)のロゴ、パリのシャトレ劇場、ニューヨークのタイプ・ディレクターズ・クラブなどの仕事がある。国際的なデザイナー団体AGIの会員で、クーパー・ヒューイットによればフランスの芸術文化勲章も受けている。
04展覧会と時計
2013年にはパリ装飾芸術美術館で個展「Typorama」が開かれた。2015年にはアムステルダム市立美術館の展覧会にも参加している。日本では1998年と2017年に、銀座のギンザ・グラフィック・ギャラリーで個展が開かれている。
同じ2015年、彼はエルメスの時計のために数字の書体を描いた。Forbesによれば、それ以前にもエルメスの仕事をしたことはあったが、時計に取り組むのはこれが初めてだった。
業績・代表作
01Slim d'Hermèsの数字
時計の世界でアペロワの名を知らしめたのは、エルメスのドレスウォッチ、Slim d'Hermèsである。2015年に登場した。文字盤の1から12までの数字は、彼がこの時計のために描いた専用の書体で刷られている。
この数字は、曲線や円、直線といった単純な幾何学の要素から組み立てられている。最大の特徴は、輪郭の一部が途切れ、余白が字形の一部として働くことである。Forbesは、形を読み取れるだけの輪郭を残して余白で切る手法だと説明する。SJX Watchesは、軽く、読みやすく、控えめであることを意図した書体と紹介した。
アペロワ自身はForbesの取材で、基本の要素から組み立てたと語っている。作曲家が五線譜に七つの音だけを置いて交響曲を書くように、という比喩である。人の体の動きに着想を得て、繰り返しと重なりで量感とリズムを探るのが自分の方法だという。
02小さな文字盤での展開
この書体は、時刻の表示だけにとどまらなかった。シリーズには2015年の時点で永久カレンダーのモデルもあり、Forbesによれば同年のGPHGでカレンダー部門の賞を得た。2018年には、パラジウムケースのSlim d'Hermès GMTが登場する。GMT表示の補助文字盤にも数字が並ぶ。Europa Starは、彼の書体がこの時計の現代的な印象を支えていると評した。
2016年に加わったスレートグレーやミッドナイトブルーの文字盤では、同じ数字が銀色で刷られた。明るい地でも暗い地でも成り立つかどうかは、書体の設計そのものが試される場面だった。シリーズの色や機構が広がっても、数字の形は変えられていない。
03書体とグリッドの仕事
時計はアペロワの仕事のごく一部である。彼の本領は、ポスター、ロゴ、書体、展覧会の視覚表現にある。オルセー美術館やルーヴル美術館の仕事、パリのユダヤ芸術歴史博物館の視覚アイデンティティなど、文化機関の顔をつくる仕事が多い。
トータル・デザインで学んだグリッドの規律と、ロサンゼルスで出会った新しい技術への関心。この二つが、彼の作品を貫く軸だとクーパー・ヒューイットは整理している。文字を組むことと、文字そのものを描くことの両方を手がける点も特徴である。
時計の文字盤は、ポスターよりはるかに小さい面に、限られた数の字を置く仕事である。その制約の中で、余白を字形の一部として扱う彼の書体は、時計の外から持ち込まれた発想として際立った。
この人物が関わったモデル
出典
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