03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
ETA依存からの脱却
2010年前後、スイス時計業界はムーブメント供給の転換点にあった。スウォッチグループが傘下ETAによる外部供給を段階的に絞る方針を示し、長年ETAを基盤としてきた各社は自社開発を迫られた。ユリス・ナルダンもその一社である。同社はETA 2892-A2を改良したCal. UN-26などを実用ラインの主力としてきたが、供給リスクと差別化の両面から、自前の基幹キャリバーが求められていた。
UN-118は、その答えとして2012年のバーゼルワールドで発表された。初搭載はマリーン・クロノメーター・マニュファクチュールである。同社にとって初の量産前提の自社基幹ムーブメントであり、複雑時計とベーシックモデルを隔ててきた壁を取り払う転機となった。
シリコン研究の結実
UN-118の核は、一朝一夕の産物ではない。ユリス・ナルダンは2001年、ルートヴィヒ・エクスリンが設計したフリークで、世界で初めてシリコン製脱進機を実用化した。2007年にはDIAMonSILとシリコンヒゲを備えたフリーク・ダイヤモンシルへ進化させ、2008年のソナタ・シリシウムで<111>方位のシリコン振動子を市場に投入した。
これら一連の革新を主導したのが、当時のオーナーであるロルフ・W・シュナイダーである。シリコン部品は、シオンに拠点を置くSigatec(ミモテックとの合弁、現在はユリス・ナルダン傘下)との協業で量産化された。UN-118は、約10年にわたるシリコン技術の蓄積を、1つの基幹ムーブメントへ凝縮した到達点といえる。
横展開と現代の系譜
UN-118は単独で終わらず、ムーブメント・ファミリーの基点となった。ムーンフェイズを備えるUN-119、そして2013年以降のコラムホイール式クロノグラフUN-150へと展開している。UN-150はシリコンヒゲを継承しつつ、別設計のクロノグラフとして自社一貫生産の幅を広げた。
発表から10年以上を経た現在も、UN-118はマリーン・トルピユール等の現行ラインで主力を担う。シリコン化が業界全体へ広がった2010年代において、素材と機構を一体で自社開発した数少ない例として、その立ち位置は揺らいでいない。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
UN-118の機構は、シリコン技術を軸に三つの要素へ集約される。脱進機、ヒゲゼンマイ、そしてテンプである。
脱進機にはDIAMonSIL(ダイヤモンシル)を採用する。これはシリコン基材の表面に人工ダイヤモンドを成膜した複合素材で、ガンギ車とアンクルに用いられる。脱進機とは、ゼンマイの力を一定間隔で逃がしテンプへ伝える調速機構を指す。シリコンの軽さ・非磁性と、ダイヤモンドの硬さ・低摩擦を併せ持つため、潤滑油なしで稼働する。注油を要する従来の脱進機では油の劣化が精度低下を招くが、DIAMonSILはこれを構造的に回避し、長期にわたり安定した歩度を保つ。オーバーホール間隔の延長にもつながる設計である。
ヒゲゼンマイは単結晶シリコン製で、結晶方位を<111>に揃えた、いわゆる1.1.1ヒゲである。シリコンは面内で弾性が方向に依存するが、<111>方位では等方的にふるまうため、ヒゲ全体が同心円状に均等に伸縮する。表面には二酸化ケイ素の層を設け、シリコンとは逆符号の温度特性で相殺することで、温度変化に対する歩度のブレを抑える。素材自体が非磁性であり、磁場の影響を受けない点も大きい。
調速の心臓部となるテンプには、可変慣性テンプを据える。テンプ外周に配した4個のおもりネジを出し入れし、慣性モーメントを変えて歩度を調整する。ヒゲの有効長を変える緩急針方式ではなく、緩急針を持たないフリースプラング構造であるため、衝撃を受けても調整が狂いにくい。テンプは片持ちのテンプ受けではなく、両持ちのブリッジで保持され、耐衝撃性をさらに高めている。
振動数は28,800vph (4Hz)。1秒あたり8回の振動を刻む現代的な高振動設計で、テンプの往復が速いほど外乱の影響が平均化され、姿勢差や衝撃に対する歩度の安定が得られる。復元力と精度の両立を図った設計といえる。香箱はパワーリザーブ60時間を確保し、巻き上げは自動巻ローターによる。石数は50石。既存のベース機にモジュールを積層する構成ではなく、マリーン・クロノメーターの設計に合わせて当初から一体で設計された基幹ムーブメントである。
仕上げは、ローターと地板に円状のコートドジュネーブ、受けの縁にペルラージュ、面取りにダイヤモンド研磨を施す。サファイアの裏蓋越しに機構を鑑賞できる構成である。精度認定はCOSC(スイス公認クロノメーター検査協会)に加え、ブランド独自のユリス・ナルダン認定をパスしており、二重の基準で品質を担保する。シリコンの非磁性、無注油脱進機、フリースプラングのテンプという三位一体の構成が、日差を長期にわたり一定範囲へ収める下支えとなっている。