03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. シリシウムが拓いた地平
ユリス・ナルダンとシリコン(シリシウム)の関係は、2001年のフリークに遡る。脱進機のガンギ車にシリコンを用いたこの作品は、機械式時計に新素材の時代を告げた先駆けの一つである。シリコンは軽く、非磁性で、腐食に強く、潤滑を必要としない。複雑な形状を高い精度で成形できる点も、従来の金属部品にはない美点であった。
2006年、同社はミモテックとの合弁でシオンにシガテック(Sigatec)を設立する。シリコンのDRIE加工と金属のLIGA加工を併せ持つ、微小部品の製造拠点である。2007年には合成ダイヤモンドの脱進機を試みたフリーク ダイヤモンド ハートを経て、製造コストの壁から、シリコン基材に合成ダイヤモンドの層を成長させたDIAMonSIL(ダイヤモンシル)へと到達した。シリコンの軽さと非磁性に、ダイヤモンドの硬度を重ねた素材である。
2. 基幹ムーブメントUN-118
2010年代初頭、業界では汎用ムーブメントの外部供給を見直す動きが広がり、自社製基幹キャリバーの整備が各社の課題となっていた。ユリス・ナルダンの答えが、2012年に発表されたUN-118である。マリーン クロノメーター マニュファクチュールに初搭載された同社初の自社製自動巻ベースキャリバーで、4000時間を超える試験を経て世に出たと伝わる。
UN-118は、DIAMonSILの脱進機、シリシウムのヒゲゼンマイ、4本のネジで慣性を加減する可変慣性テンプを核とする。同社はこのキャリバーを「DIAMonSIL脱進機を備える新しいムーブメント群の第一号」と位置づけ、以後の派生はすべてこの心臓部を共有していく。UN-119もその系譜に連なる一つである。
3. ムーンフェイズという派生
UN-119は、UN-118にムーンフェイズ機構を加えた派生世代として2021年に登場した。創業175周年を記念したマリーン トルピユール ムーンフェイズ(青・白の文字盤で各300本限定)が初搭載機である。翌2022年にはローズゴールド仕様も加わった。
月相表示は、アストロラビウムをはじめ天文表示を手がけてきた同社の系譜にも連なる意匠である。高度な天文時計とは規模を異にするが、海洋クロノメーターの厳格さに、夜空を読む古典の情趣を重ねた構成といえる。汎用化された基幹キャリバーへ、ブランドの記憶を呼び戻す一手であった。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
UN-119の機構は、母体であるUN-118の心臓部をそのまま受け継ぐ。要となるのは、潤滑を前提としない脱進機である。
脱進機のガンギ車とアンクルには、同社独自のDIAMonSIL(ダイヤモンシル)が用いられる。シリコンの基材表面に合成ダイヤモンドの層を成長させた素材で、シリコンの軽量さと非磁性に、ダイヤモンドの表面硬度を重ねている。金属同士のように油膜を必要とせず、経年で潤滑油が劣化し精度が乱れる宿命から解放される。脱進機は主ゼンマイの力をテンプへ送り出す関門であり、その効率がパワーリザーブと精度を直接左右する。
振動を司るヒゲゼンマイ(テンプを往復させる渦巻き状のバネ)には、結晶方位1.1.1のシリシウムが採用される。シリコン製ヒゲゼンマイは非磁性で、温度変化による弾性の揺らぎも小さい。磁気と温度という機械式時計の二大変動要因に対し、構造的な耐性を備える。テンプは、滑らかな輪に偏心ネジを添える一般的な緩急調整ではなく、4本のネジで慣性モーメントそのものを加減する可変慣性テンプを採る。緩急針に頼らず、テンプ側で歩度を追い込む設計である。
歩度は毎時28,800振動 (4Hz) に設定される。これは1秒あたり8回の振り(8振動)に相当し、現代の実用機が広く共有する数値である。振動数が高いほど姿勢差や外乱の影響を受けにくく、低いほど部品の摩耗や消費エネルギーを抑えやすい。4Hzはその均衡点に位置する。香箱に蓄えた動力は約60時間持続し、45石の軸受が輪列各所の摩擦を受け止める。シリコンとDIAMonSILはともに非磁性であり、調速機構の心臓部が磁場の影響を受けにくい点も実用上の強みとなる。
UN-119を母体UN-118と分かつのが、ムーンフェイズ表示である。月を描いたディスクが文字盤の窓を巡り、約29.5日の朔望月をなぞる。基幹キャリバーに古典的な複雑機構を一つ重ねた構成で、UN-118が6時位置に置く日付表示に代えて、夜空の情景を盤面へ招き入れている。月相という穏やかな表示が、海洋クロノメーターの厳格さに天体を読む古典の余韻を添える。
仕上げにも手が入る。地板とブリッジにはコート ド ジュネーブ(ジュネーブ縞)とペルラージュ(真珠粒模様)が施され、面取り(アングラージュ)が稜線を整える。自動巻きローターには、同社の象徴である二つの錨と、DIAMonSILの銘が刻まれる。組み上がった機械はCOSC(スイス公認クロノメーター検査協会)の認定を経て、日差の基準を満たした個体のみが時計へ収められる。