ロルフ・W・シュナイダー
クォーツ危機で衰えたユリス・ナルダンを1983年に買い取り、天文腕時計とシリコン部品で再生させたスイスの実業家
- BORN
- 1935年
- DIED
- 2011年
- BRAND
- ユリス・ナルダン — 1846年創業
- MODELS
- 5 本
概要
ロルフ・W・シュナイダー(Rolf W. Schnyder、1935-2011)は、スイスの実業家である。チューリッヒに生まれ、タイとマレーシアで時計部品の事業を興した。1983年、クォーツ危機で衰えていたユリス・ナルダンを買収し、2011年に没するまで社長兼CEOを務めた。時計師ルートヴィヒ・エクスリンと組み、天文表示を備えた腕時計の三部作を世に出した。2001年のフリークでは、市販の腕時計として初めてシリコン部品を採り入れている。機械式時計の復興期に、高級機械式への特化と新素材への投資を同時に進めた経営者である。
生涯
01スイスからアジアへ
シュナイダーは1935年、スイスのチューリッヒに生まれた。1956年にフランス語圏のジュネーブへ移り、ジャガー・ルクルトの広告部門で働いたとされる。時計との最初の接点は、製造ではなく宣伝と販売の側にあった。
22歳でタイに渡り、スイス製品を扱う商社で時計の流通に携わった。のちに出資者と組んで現地に部品工場を興し、スイスのブランドへ部品を納めるようになる。日本製の時計と価格で競うスイス勢へ、安価な部品を届ける狙いだったとされる。
1970年代に入ると、彼はマレーシアのクアラルンプールへ拠点を移す。そこで新たに部品会社を起こし、社名はプレシマ(Precima)とされる。事業はやがてヒゲゼンマイなどの精密部品にも広がったと伝わる。ETAの依頼でクォーツムーブメントを現地で組み立てたことも、本人が後年の取材で語っている。
02売りに出た老舗
1980年代の初め、シュナイダーはユリス・ナルダンが売りに出ていることを知る。サンモリッツの氷上競技に出るため、スイスへ戻っていた折だったと伝わる。当時のスイス時計産業はクォーツショックの只中にあり、多くの企業が倒れていた。
ル・ロックルの工場を訪ねると、建物はほとんど空で、残る職人は数えるほどだった。それでも彼は1983年に買収を決める。機械式は高級品として生き残る、という見立てだった。アジアで伝統的なスイス時計が売れ続けるのを見てきたことも、判断を支えたとされる。
03機械式の高級路線へ
買収後、シュナイダーはブランドを高級な機械式時計に絞り込んだ。開発力の乏しい小さな会社にとって、社外の専門家と組むことは前提だった。最初の相手が、天文時計を手がけていた時計師ルートヴィヒ・エクスリンである。
二人の協働は1985年の天文腕時計に結実し、同社は再び時計業界の話題に上るようになる。その後は製造の内製化に踏み出し、ラ・ショー=ド=フォンに開発と製造の拠点を構えた。2001年には、ラ・ショー=ド=フォンの国際時計博物館が贈るガイア賞を企業家部門で受けている。
04急逝と継承
シュナイダーはスイスとクアラルンプールを行き来しながら、晩年まで経営の先頭に立った。2011年3月のバーゼルワールドでは、自社製キャリバーUN-118を自ら披露した。その翌月の4月14日、短い闘病ののち75歳で亡くなった。
後継の計画は生前に整えられており、事業は途切れずに続いた。妻チャイ・シュナイダーが会長に就き、長年の経営陣とともに独立路線を守る方針を示した。2014年、シュナイダー家は全株式をケリングへ譲渡し、1983年から続いた一家の所有は終わる。
業績・代表作
01天文腕時計という賭け
シュナイダーが最初に求めたのは、市場にまだ無い種類の機械式腕時計だった。アストロラーベ式の天文時計を、腕に載る大きさへ縮める。この構想をエクスリンが形にし、1985年にアストロラビウム・ガリレオ・ガリレイが発表された。
太陽と月の位置、日食と月食までを示すこの時計は、ギネス世界記録にも載った。1988年にプラネタリウム・コペルニクス、1992年にテルリウム・ヨハネス・ケプラーが続く。こうしてトリロジー・オブ・タイムが完成した。クォーツが安価な正確さを売る時代に、機械でしか表せない情報を商品の核に据えたことに、経営者としての賭けがあった。
1989年には、文字盤上の人形が鐘を打つしぐさを見せるミニッツリピーター、サン・マルコも出している。
02道具としての複雑機構
三部作の後、シュナイダーは複雑機構を日々使える道具へ近づける方向へ舵を切った。1994年のGMT±は、ケース側面の押しボタンで第二時間帯を前後に切り替える。1996年の創業150周年には、竜頭だけで日付を前後どちらにも合わせられる永久カレンダーを出した。
1999年には二つの機構を一本にまとめたGMT±パーペチュアルを発表し、両方の特許を同じ時計に収めた。ガイア賞の選評も、彼が複雑機構に日常の実用を求めた点を挙げている。アラーム機能を持つソナタなど、実用の機能を軸にした作品がその後も続いた。
03シリコンへの投資
2001年のフリークは、回転するムーブメントそのものが時刻を示す時計である。シュナイダー自身は当初、エクスリンが考案した新しい脱進機に懐疑的だったと振り返っている。誰にも見えず、壊れもしない部分を変えただけではないか、という反応だった。
価値を見抜いたのは、技術責任者ピエール・ギガックスだったと伝わる。小さな鋼の部品では慣性が大きすぎ、アルミニウムでは数時間で潰れたという。解決策は、半導体と同じ製法で作るシリコン部品だった。同社はヌーシャテルのCSEMに製造を委ね、開発費を自ら負担したと説明している。こうしてフリークは、市販の腕時計で初めてシリコン部品を用いた時計となった。
投資はその後も続く。ミモテックとの合弁でシガテックを設け、シリコン部品を自社の管理下で量産する体制を整えた。2006年には、独自の脱進機を備えた自社製自動巻キャリバーUN-160を発表している。
04社外の才能を束ねる経営
シュナイダーの経営を貫くのは、小さな会社が大手と競うために、社外の才能を自社の名の下に束ねる方法である。エクスリンとは社員ではなく、契約で協働する関係だったとされる。研究機関や部品の専門企業とも組み、資金力で勝る競合より先に新しい機構と素材を製品にした。
2008年の取材で彼は、独立したメゾンとして業界の扉を開き、他の作り手に刺激を与えてきたと語っている。フリークは時計の美意識を変え、アストロラビウムは機械式の復興の始まりだった、とも述べた。
評価・後世への影響
シュナイダーの死後、ユリス・ナルダンは彼が敷いた独立と技術開発の路線をしばらく保った。2014年にケリングの傘下へ入ったが、2022年には経営陣による買収で独立を取り戻している。当時のケリングの時計部門は、ジラール・ペルゴとユリス・ナルダンの二社で構成されていた。どちらも、オーナー経営者の死後に遺族が手放したブランドである。同社の公式の沿革は、1983年から2011年を彼の時代として掲げ、クォーツ危機のさなかにブランドを再興した人物と位置づける。
彼が資金を投じたシリコン部品は、当初こそ異端視されたが、のちに大手の時計メーカーにも採用された。パテック フィリップは2005年にシリコン製のガンギ車を初めて製品に用いたとされる。素材の開発に先行して投資した小さな会社の判断が、業界の標準を動かした例である。
フリークの系譜も続いている。2023年には、初代を下敷きにしたフリーク・ワンが、ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)でアイコニック部門賞を受けた。
後任のCEOパトリック・P・ホフマンは2011年の取材で、シュナイダーの時代を振り返っている。同社は高級時計を気取らずに売れることを示した、という評価である。2019年には、中東の時計見本市ドバイ・ウォッチ・ウィークが、彼を「時の後援者」と題する連載で取り上げている。同記事は、今日の独立系の作り手の多くが、彼の描いた高級時計のあり方に存在を負っていると評した。
この人物が関わったモデル
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Heritage
- 02 報道 Icons & Innovators: Ulysse Nardin: Seeds Of Revolution
- 03 専門メディア Patrons of Time: Rolf W. Schnyder
- 04 専門メディア CEO of Ulysse Nardin, Rolf W. Schnyder, has unexpectedly passed on
- 05 専門メディア Ulysse Nardin, an exemplary transition
- 06 専門メディア Ulysse Nardin, the credo of innovation and independence
- 07 専門メディア Ulysse Nardin Appoints New CEO
- 08 専門メディア Ulysse Nardin CEO Rolf Schnyder Dies
- 09 専門メディア Ulysse Nardin
- 10 専門メディア Breaking News: Ulysse-Nardin Acquired By Kering
- 11 専門メディア Business News: Kering Sells Ulysse Nardin and Girard-Perregaux to Management
- 12 専門メディア Editorial: Winners at the 2023 Grand Prix d'Horlogerie de Genève
- 13 専門メディア Rolf Schnyder, owner of Ulysse-Nardin, passes away at 75
- 14 専門メディア Prix Gaïa 2001 – Rolf Schnyder. Entrepreneurship category
- 15 専門メディア Gaïa Prize 2010
- 16 専門メディア Ulysse Nardin: Patrick P. Hoffmann New CEO