設計思想
1. 石の文字盤から、石のケースへ
2024年に三針のドレスウォッチとして再出発したEscaleは、当初から装飾的な文字盤素材を備えていた。プラチナのW3PT11はギベオン隕石の文字盤を持ち、オニキスの文字盤にダイヤモンドを組み合わせた仕様もあった。文字盤を中央部と外周のフランジに分ける構成が、素材の展開を支えていた。
2025年11月のW3PTC1は、この素材の探求を文字盤の外へ広げた。La Fabrique du Temps Louis Vuittonのアーティスティック・ディレクター、マチュー・エジは、本機の着想源を明かしている。発表資料によれば、それは20世紀後半のドレスウォッチと、その時代を象徴した装飾石の文字盤だったという。本機はその記憶を、ケースの側面にまで延ばしている。
折しも2025年前後は、石の文字盤が各社の新作に広く現れた時期にあたる。そのなかで本機は、文字盤と同じ石でケースの胴を作るという一歩を踏み出した。文字盤なら薄い板で済む石も、ケースでは立体に削り出され、外力にもさらされる。ブランドも、内部構造が不均質な石を立体のケースへ加工する難しさを強調している。
2. 変わったもの、変わらなかったもの
変わったのはケースの成り立ちである。一体の石のリングを組み込むため、ケース製造部門は加工の規則を書き直し、内部の寸法と形状を一新したと説明されている。外観の意匠を保ったまま、中身を組み替えた格好である。外寸と防水性能にも、通常のEscaleとの違いが生じた。
変わらなかったのは、トランクから引いた造形の語彙である。リベット留めのラグ、八角形のリューズ、四方のリベット付きインデックスは、W3PT11と同じ文法で並ぶ。ムーブメントも、Escale三針ラインに共通のCal. LFT023をそのまま用いる。La Fabrique du Tempsが設計し、Le Cercle des Horlogers(ル・セルクル・デ・オルロジェ)が製造する自動巻である。異質な素材を迎えながら、Escaleとしての輪郭は崩していない。
3. 対のW3PTB1と、続く石のEscale
本機は、ターコイズ版のW3PTB1と同時に発表された対のモデルである。両者は構成を共有し、石の選び方と見せ方で性格を分ける。石ごとに、模様をどこでどう見せるかの規則が定められた。たとえばターコイズでは、ケースの美しい筋をリューズやストラップに隠れない左側に置く。ストラップの色も、マラカイトには緑、ターコイズにはグレーが選ばれた。
後には、タイガーアイとイエローゴールドを組み合わせたW3YG21が同じ構造で続いた。Escaleにイエローゴールドが使われたのは、これが初めてである。W3PTC1とW3PTB1は、装飾石をケースに用いるEscaleの小さな系列の出発点となっている。
意匠分析
ケース径は40mmで、基準となるプラチナのW3PT11より1mm大きい。一方、厚さは風防を含めて10.34mmで変わらない。拡大の理由について、ブランドは幅広い手首への適合を挙げ、SJXは二重構造の採用に伴う結果と見ている。
その二重構造が本機の要である。ミドルケースは、マラカイトから継ぎ目なく一体で削り出したリングである。ただし、ムーブメントを収めて荷重を受けるのは石ではない。内側の金属製コンテナである。SJXによれば、コンテナはチタン製で、ベゼルと裏蓋はここにねじ込まれ、ラグもここに固定されるという。マラカイトのモース硬度は3.5〜4ほどで、傷や衝撃に弱い。石を構造材から外し、外装に専念させる設計である。
保護の工夫は外観にも表れる。プラチナのベゼルと裏蓋は、石の曲面よりわずかに外へ張り出す。トランクの角金具を写したリベット留めのラグは、石の側面を守る緩衝の役も担う。受け継いだ意匠の形が、ここでは機能を得ている。防水は30mで、W3PT11の50mより控えめである。
文字盤は、マラカイトの中央部と、傾斜を付けたシルバーカラーのフランジで構成される。3・6・9・12時には、ホワイトゴールドのリベット留めインデックスを置く。石は暗めの緑に限って選ばれ、細かい水平の縞を持つことが必須とされた。縞は文字盤を水平に横切るよう向きが揃えられる。文字盤とケースリングは個別に評価され、色と縞の具合が響き合う組み合わせで対にされる。正面の文字盤から側面のリングへ、同じ緑の縞が続いて見える。
時分針は18Kホワイトゴールド、秒針はPVD処理を施したチタン製である。裏蓋はサファイアクリスタルで、Cal. LFT023の22Kローズゴールド製マイクロローターが見える。裏蓋には、サフラン色のサファイアが1石留められる。プラチナケースを小さな宝石で示す高級時計の慣習に倣ったもので、色はメゾンを象徴するサフランである。シリアルを刻むプレートは、W3PT11のローズゴールドに対し、本機ではプラチナ製となり「1 of 30」と刻まれる。
ストラップには、Escaleとして初めてサフィアーノレザーを採用した。色はレインフォレストグリーンで、同系色のハンドステッチを施し、裏地は黒のカーフである。
系譜と歴史
W3PTC1は、2025年11月19日にルイ・ヴィトンが発表した。ターコイズを用いたW3PTB1との同時発表で、両者は石の種類とストラップの色を除いて同じ構成を取る。生産数はそれぞれ30本と公表された。日本でも同日、ルイ・ヴィトン ジャパンが「エスカル オトマティック プラチナ マラカイト」の名で発表している。
組み立てはLa Fabrique du Temps Louis Vuittonで行われる。マラカイトのケースリングは、同社のケース製造部門La Fabrique des Boîtiers(ラ・ファブリク・デ・ボワティエ)が削り出す。石の性格は切り出して初めて分かるため、原石の段階から選別が行われる。石の研磨は手作業で、自動化はできないと説明されている。
2026年には、同じ石のリング構造をイエローゴールドで仕立てたW3YG21が、やはり30本限定で加わった。ブランドはこれを、2025年のマラカイトとターコイズに続くモデルと位置づけている。
2026年9月時点で、本機は各国の公式サイトに限定モデルとして掲載が続いている。発表後の仕様変更は確認されていない。30本の生産や納品が完了したかどうかは公表されていない。
出典
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