設計思想
175周年が編成した「艦隊」
2021年、ユリス・ナルダンは創業175周年を迎えた。1846年にル・ロックルで産声を上げた同社は、19世紀から20世紀にかけて世界50以上の海軍や天文台にマリンクロノメーターを供給した歴史を持つ。この節目に同社が選んだ舞台は、同年8月末のジュネーブ・ウォッチデイズである。発表されたのは、マリーン トーピリュールの限定モデル7本からなる記念コレクションだった。エナメル文字盤、ムーンフェイズ、年次カレンダー・クロノグラフ、トゥールビヨンと、自社の得意技術を一望させる編成であり、水雷艇を意味する「トーピリュール」の名にふさわしい小艦隊であった。本機はその中核を担うムーンフェイズの青文字盤仕様である。
入門機から複雑機構の担い手へ
トーピリュールは2017年、マリーン コレクションの入門的な位置づけで登場したラインである。当初は時刻と日付、パワーリザーブ表示にとどまる構成だったが、175周年コレクションはここに初めて本格的な複雑機構を持ち込んだ。中でもムーンフェイズは、トーピリュールのみならずマリーン コレクション全体でも初の採用とされる。月は潮汐を支配し、天測航法の基準でもあった。海洋クロノメーターを源流とするコレクションにとって、月齢表示は装飾ではなく出自に根ざした機能だという論理が、この選択を支えている。ユリス・ナルダン自身、19世紀末からムーンフェイズ付き時計を手がけてきた歴史を持つ。
新キャリバーUN-119という核心
本機の発表は、新型ムーブメントCal.UN-119のデビューでもあった。ベースは2012年に登場した自社製自動巻きUN-118で、シリコン製ヒゲゼンマイと、合成ダイヤモンドでシリコンを被覆したDIAMonSIL製のガンギ車・アンクルを受け継ぎながら、月齢表示を統合した。COSC認定も取得しており、175周年コレクションの中で公式にクロノメーター認定を掲げたのは、UN-118搭載機と本機を含むUN-119搭載機だけである。精密時計の家系であることを、機構の系譜で証明する役回りを与えられた一本といえる。
兄弟機とその後の広がり
同時発表の兄弟機として、白文字盤の1193-310LE-0A-175が存在し、こちらも300本限定であった。ストラップ違いの末尾記号(/1A、/1B)も用意された。限定で終わるかに見えたムーンフェイズはその後も命脈を保ち、2022年にはローズゴールドケースの恒常モデル、2023年にはアベンチュリン文字盤の限定版へと展開していく。本機は、その系統樹の起点に立つリファレンスである。
意匠分析
ケースは42mmのステンレススチールで、厚さは11.13mmに抑えられる。基準となるマリーン クロノメーターの43mmから1mm縮小され、ラグ間距離も49mmと短い。複雑機構を載せながら薄型を保ったことで、クラシックな顔立ちに見合う収まりの良さを得ている。ベゼルはコレクションの記号であるコインエッジ状のフルート装飾を備え、ケースはポリッシュとサテンを切り分けて仕上げられる。
文字盤はサンレイ仕上げの青いPVDで、兄弟機のブルー・エナメルとは異なり、エナメルではない点が本機の識別点となる。ローマ数字インデックスは刷りで表現され、高研磨のロジウムプレート針が載る。レイアウトは12時位置にパワーリザーブ表示、6時位置にスモールセコンドという、19世紀のマリンクロノメーターに由来するダブルカウンター構成を踏襲する。本機固有の要素は、その6時カウンター内に組み込まれた月齢表示である。星をあしらった青いPVD仕上げのディスク上を転写された月が巡る意匠で、伝統的なレイアウトを崩さずに複雑機構を同居させている。
ムーブメントはCal.UN-119。毎時28,800振動 (4Hz) で駆動し、パワーリザーブは約60時間。シリコン製ヒゲゼンマイとDIAMonSIL製脱進機という耐磁・耐摩耗性に優れた構成は、UN-118から受け継いだものだ。防水は50m防水で、実用域はドレスウォッチに準ずる。ブルーのアリゲーターストラップはフォールディングクラスプ付きで、ラバーストラップやスチールブレスレットへの交換にも対応するとされる。
系譜と歴史
本機は2021年8月末から9月初頭にかけて開催されたジュネーブ・ウォッチデイズで発表された。創業175周年を記念するマリーン トーピリュール限定コレクション7本の一角としてのデビューであり、リファレンス末尾の「175」はこの周年に由来する。青文字盤の本機は300本限定で、同時に白文字盤の1193-310LE-0A-175も300本限定で発表された。それぞれにブルーアリゲーター(/1A)とブラウンアリゲーター(/1B)のストラップ仕様が設定されている。発表時の搭載ムーブメントCal.UN-119は本コレクションで初公開された新型であった。
発表後の本機自体に大きな仕様変更は確認されていない。一方、本機が開いたムーンフェイズの系統は拡張を続けた。2022年9月、ユリス・ナルダンはローズゴールドケースのマリーン トーピリュール ムーンフェイズ(1192-310-0A/1A)を発表し、限定だった月齢表示モデルを恒常コレクションに昇格させた。さらに2023年には、アベンチュリン文字盤を備えた300本限定の1193-310LE-3A-AVE/1Aが加わり、夜空を思わせる文字盤表現へと発展している。
本機は300本の限定生産であり、追加生産は行われていない。公式サイトには2026年時点でも製品情報が掲載されているが、限定本数を踏まえれば流通は当初の生産分に限られる。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Collections - Ulysse Nardin
- 02 専門メディア Ulysse Nardin Marine