設計思想
アメリカズカップが用意した舞台
1553-155-3/43が世に出た2017年1月のSIHHは、ユリス・ナルダンにとって初参加の見本市だった。ケリング傘下入りを経てバーゼルワールドからジュネーブへ移った同社は、その初陣の主役の一つに本機を据えた。背景には、同年6月にバミューダで開催される第35回アメリカズカップがある。ユリス・ナルダンはスウェーデンの挑戦チーム、アルテミス・レーシングの公式タイムキーパーを務めており、本機はその実戦を見据えて企画された。開発にはブランドアンバサダーであり同チームに属するロイック・ペイロンとイアン・パーシーという2人のセーラーが関わったとされており、机上ではなく現場の要求から設計された点が出自を特徴づけている。
「リスタート不要」という回答
ヨットレースのフリートレースは、5分・7分・10分などのカウントダウンの後にスタートする。艇はその間にスタートラインへの位置取りを競うため、セーラーはカウントダウンとレース経過時間の両方を追わなければならない。従来のレガッタクロノグラフは、ロレックスのヨットマスターIIやパネライのレガッタモデルが示したように、カウントダウン終了後に改めて計時を開始する操作や機構上の切り替えを伴うものが多かった。Cal.UN-155はインバーター(回転方向の反転機構)によってクロノグラフ秒針を双方向に駆動し、カウントダウン中は反時計回りに、ゼロに達した瞬間は操作なしで時計回りの計時に移行する。この機構は特許を取得しており、自社製クロノグラフCal.UN-153を基盤に約650部品で構成される。
マリーンの中の異端、そして受賞
マリーンコレクションはマリンクロノメーターの意匠を受け継ぐ端正なラインであり、同じ2017年に登場したマリーン トルピユールはその正統を担った。対して本機は、ラバーを併用したケースワークと中央のカウントダウン表示で、同コレクションでは例外的なツールウォッチの性格を与えられている。派生として白文字盤の1553-155-3/40が同時に展開され、アルテミス・レーシングを描いた黒のシャンルベエナメル文字盤の35本限定1553-155LE-3/E2-ARTも用意された。発表年の11月にはジュネーブ時計グランプリ(GPHG)でスポーツウォッチ賞を受賞し、機構の独創性は業界の評価としても裏づけられた。
意匠分析
44mmのステンレススチールケースは100m防水を備え、ベゼルには歯車を思わせる大ぶりなコインエッジ状の刻みが施され、その谷にブルーのラバーが埋め込まれる。10時・2時・4時に並ぶ3つのプッシャーと、ねじ込み式リューズにもラバーが成形され、濡れた手やセーリンググローブ越しの操作を想定した造形である。10時のプッシャーはカウントダウンの分数設定、2時がスタート/ストップ、4時がリセットを受け持つ。
マリンブルーの文字盤では、中央に黄色で刷られた0〜10のカウントダウン目盛と矢印型の専用針が主役に据えられる。黄はアルテミス・レーシングのチームカラーに由来し、秒針の先端にも同色が差される。青地に黄という配色は装飾である以上に、洋上での瞬時の判読を狙ったコントラスト設計といえる。12時・3時・9時のローマ数字とアプライドインデックス、夜光入りの時分針はマリーンの伝統的な文法を残し、6時位置には時・分を1つの小径カウンターに重ねたモノカウンター式の積算計と日付表示が同居する。クロノグラフの積算をサブダイヤル1つに集約したことで、中央のカウントダウン表示の視認性が確保されている。
搭載するCal.UN-155は毎時28,800振動 (4Hz)で、脱進機にはシリシウム(シリコン素材)を採用する。シースルーバックとされる裏蓋から機構を望める一方、公式仕様ではクローズドバックとする記載も見られる。ストラップはチタン製エレメントを組み込んだブルーラバーで、フォールディングバックルが付属する。金属ブレスレットを持たない構成も、デッキ上での使用を前提とした本機の性格を物語る。
系譜と歴史
1553-155-3/43は2017年1月、ジュネーブのSIHHでマリーン レガッタとして発表された。ユリス・ナルダンが同見本市に初出展した年であり、発表時点で白文字盤の1553-155-3/40と、黒シャンルベエナメル文字盤の35本限定モデル1553-155LE-3/E2-ARTが同時に公開されている。
2017年6月にはバミューダで第35回アメリカズカップが開催され、公式タイムキーパー契約を結んでいたアルテミス・レーシングの活動と並走する形で、本機は発表年の前半から実戦の文脈に置かれた。同年11月8日にはジュネーブ時計グランプリ(GPHG)2017でスポーツウォッチ賞を受賞し、発表から1年を待たずに本機の評価は定まった。
その後、色違いや素材違いの追加派生は確認されていない。アルテミス・レーシングとの提携が一区切りを迎えた後も公式サイトには製品ページが残るが、2010年代末以降のマリーンコレクションの主軸はトルピユール系へ移っており、レガッタ機構を継ぐ後継Refは登場していない。生産終了の公式発表は確認できず、Cal.UN-155を搭載する唯一のレギュラーモデル(限定を除く)として、本機はシリーズ史の中で孤立した存在であり続けている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Collections - Ulysse Nardin
- 02 専門メディア Ulysse Nardin Marine Torpilleur Watch