設計思想
ロンジンが「記録になかった」一本から
アヴィゲーション ビッグアイの物語は、ロンジン自身の記録にない一本から始まる。あるコレクターが1930年代のクロノグラフをロンジンに持ち込んだとき、ブランドはその個体の記録を持っていなかった。試作だったのか、正式な製品だったのか、製造年さえ判然としない。それでも時計の完成度は疑いようがなく、ロンジンはこれを復刻する決断を下した。こうして2017年、スチールケースに黒文字盤のRef. L2.816.4.53.2が世に出る。同年のジュネーブ・グランプリ(GPHG)では「リバイバル」部門の賞を受け、ビッグアイはヘリテージ・コレクションの顔の1つとなった。
その名は、3時位置に置かれた大型の30分計に由来する。左右非対称のダイヤルは、当時のパイロットが特定の作業時間を一目で読み取るための設計だったと伝わる。
忠実な復刻から、自由な再解釈へ
本機L2.816.1.93.2は、その成功の上に置かれた、しかし性格を異にする一本である。スチール版が史実への忠実さを身上としたのに対し、チタンとペトロールブルーをまとう本機は、過去の正確な再現を目的としていない。ロンジンのヘリテージ復刻は、往年の文字盤の染みまで写し取るほど忠実な再現を旨としてきた。本機はその定石から外れ、既存の意匠を土台にしながら、現代的な素材と色彩で輪郭を引き直している。同時期のブロンズ製レジェンドダイバーと並んで、ブランドが復刻の手法を「再現」から「再解釈」へと広げ始めた時期の産物といえる。
登場は2020年。バーゼルワールドが開かれなかった年に、本機は新色・新素材として加えられ、市場への本格的な展開は翌2021年に及んだ。前任のスチール版が見本市の檜舞台で喝采を浴びたのとは対照的に、本機は静かに、しかし確かな存在感をもって現行ラインに着地した。スチール版を置き換えるのではなく、その隣に座る選択肢として——軽く、色を持ち、より今日的な一本として。
意匠分析
本機の設計は、スチール版と骨格を共有しながら、素材と色彩で別の人格を与えられている。
ケースは直径41mm、厚さは約14.5mm。素材には研磨も可能なグレード5チタンが選ばれ、表面はヘアライン仕上げを基調に、プッシャー・リューズ・ベゼルの稜線へ部分的な鏡面が差される。ステンレスより軽く、青みを帯びた冷たい色調が、スチール版とは異なる肌合いを生む。段差のあるベゼルはコインエッジ(細かな刻み)の側面を持ち、ケース中央に溶け込むラグ形状と相まって、1930〜40年代の時計を思わせる輪郭を描く。グローブ越しでも操作できる大ぶりのポンプ式プッシャーは、当時のパイロットウォッチが備えていた機能美の名残である。風防はボックス型のサファイアで、裏蓋はソリッドのチタン製ねじ込み式とされる。
文字盤こそ、本機を本機たらしめる要素である。粒状の質感を持つ地に、中央の明るいペトロールブルーから外周の黒へと沈むグラデーションがかけられる。3つのインダイヤルは黒で残され、同心円状の仕上げが地の青と対照をなす。アラビア数字と針には、退色を思わせるベージュのスーパールミノヴァが充填され、無発光の目盛りは白で抜かれる。鮮烈な青と枯れた夜光という対比が、本機特有の新旧の同居を生む。
配置は左右非対称のままだ。3時位置に据えられた大型の30分計——「ビッグアイ」の名の由来——は3分ごとに区切られ、9時のスモールセコンド、6時の12時間計よりも明らかに大きい。日付窓は持たない。
機械は自動巻きのCal. L688(WatchBaseの呼称はL688.5)。クロノグラフの作動を司るコラムホイールを備え、カム式に比べて操作感が滑らかとされる。テンプには磁気に強いシリコン製のヒゲゼンマイを採用し、毎時28,800振動 (4Hz) で最大66時間を駆動する。ストラップは茶のカーフで、尾錠もチタン製である。
系譜と歴史
アヴィゲーション ビッグアイは、2017年のバーゼルワールドでスチール/黒文字盤のRef. L2.816.4.53.2として復活し、ヘリテージ・コレクションの定番となった。本機L2.816.1.93.2は、その3年後、2020年に新色・新素材として加えられた派生である。チタンケースとペトロールブルーのグラデーション文字盤を与えられたこの一本は、バーゼルワールドが開催されなかった2020年に発表され、各市場への本格的な流通は翌2021年に広がった。日本市場でも2021年の新作として紹介されている。限定生産ではなく、通常コレクションの一員として供給された。
搭載機械をめぐっては、生産期間中に公称値の更新がみられる。発表当時、複数の媒体は搭載するCal. L688のパワーリザーブを約54時間と伝えていた。一方、現行の公式仕様は最大66時間と記載しており、WatchBaseもこの個体の機械をL688.5と表記する。シリコン製ヒゲゼンマイを備えるコラムホイール・クロノグラフという基本構成は変わらないまま、駆動時間の表記が引き上げられた格好である。
発表から数年を経た現在も、本機はスチール版と並んでロンジンの現行カタログに残る。生産終了は告知されていない。