設計思想
1. ザ・アワーグラスとの協業
ザ・アワーグラスは、シンガポールを拠点とする時計小売の老舗である。2019年、同社は創業40周年を迎え、複数のブランドと記念モデルを企画した。その一本が、ロンジンとの協業によるアビゲーション ウォッチ タイプ A-7 1935であった。
標準モデルのタイプ A-7は、手の届きやすい価格帯のクロノグラフとして定評がある。記念版は、その完成度の高い土台に、ロンジンとしては珍しいブロンズケースを与えた点が出発点となった。文字盤を斜めに振るという独特の意匠も、記念モデルの題材として選ばれる理由になったと考えられる。販売はザ・アワーグラスの店頭に限られている。
2. 標準モデルからの変更点
本機が土台としたのは、2016年に41mm化された第2世代の標準モデルである。初代の復刻は49mmと大柄で、原典に近い寸法であった。第2世代で径を抑えたことが、日常的に使える時計へと性格を変えている。
記念版は、この41mmの構成を引き継ぎつつ、三つの点を変えた。第一に、ステンレススチールに代えてブロンズを採用し、経年で変化する表情を持たせた。第二に、ケースバックを肌に触れにくいチタン製とした。第三に、文字盤からデイト表示を取り去り、ムーブメントもデイトなしのL788.2 NDへ改めている。デイトの省略は、愛好家の声を反映した変更と伝わる。一方で、40°傾いた文字盤と、リューズに組み込まれたモノプッシャーという核は変えていない。
3. このRefが占める位置
本機は、青のサンレイ文字盤をまとうL2.825.1.93.2である。シャンパン文字盤のL2.825.1.33.2と対を成し、各40本ずつが作られた。アビゲーション タイプ A-7の系譜のなかで、ブロンズという素材で語られた章は、この2本に限られる。標準モデルが白や黒のラッカー文字盤で原典の道具性を映してきたのに対し、本機は色と素材によって記念モデルらしい華やぎを加えた一本と位置づけられる。
意匠分析
ケースはブロンズ製で、径41mm、厚さ14mmという標準モデルと同じ寸法を保つ。ブロンズは使い込むほどに酸化被膜が育ち、個体ごとに異なる色合いへと変わっていく。一方でケースバックにはチタンを用い、肌に触れる面の変色を避けた。裏蓋には飛行機を象った図像が刻まれる。
最大の特徴は、文字盤とムーブメントを40°右へ傾けた構成にある。これにより、操縦桿を握る左腕の手首で、視線を大きく動かさずに時刻を読めるとされる。リューズは2時位置に寄り、その溝付きの頭部にはクロノグラフを操作する単一のプッシャーが組み込まれる。始動・停止・復帰のすべてを、この一つのボタンで行う構成である。
文字盤は深い青のサンレイ仕上げで、光の角度によって表情を変える。標準モデルが白のラッカー文字盤を基調とするのに対し、本機の青は記念版に固有の色である。アラビア数字とカテドラル型の針は金色で、温かみのある色調が青地に映える。盤面は12時に30分積算計、6時にスモールセコンドを置く2カウンター構成とし、デイト窓を持たない。窓のない盤面は、左右対称に近い落ち着いた印象を生んでいる。ラグ幅は21mmで、付属するストラップが太めのケースと釣り合う。
ムーブメントはロンジン専用のL788.2 NDである。ETAのA08.L11を基に、コラムホイールとモノプッシャー機構を備えるよう改めたもので、パワーリザーブは54時間に及ぶ。歯車を選り分けるコラムホイールは、操作時の感触の良さに寄与するとされる。
系譜と歴史
アビゲーション タイプ A-7の名は、1935年にロンジンが米陸軍航空隊向けに納めた時計に由来する。1934年の軍仕様「No. 27748」に沿い、精度と視認性を満たすことが求められた機種であった。
現代の復刻には複数の世代があり、本機が土台としたのは、2016年に41mmへと改められた第2世代の標準モデルである。
記念版が姿を現したのは2019年11月である。シンガポールの時計商ザ・アワーグラスが、創業40周年を記念してロンジンと共同で企画した。発表時点で、ブルー文字盤のL2.825.1.93.2と、シャンパン文字盤のL2.825.1.33.2の2種が用意され、各40本ずつが生産された。発表時の価格はシンガポールドルで6,000とされ、標準モデルより1割強高い設定であったと伝わる。
両機はいずれもブロンズケースにチタンのケースバックを組み合わせ、標準モデルにあったデイト表示を取り去っている。流通はザ・アワーグラスの店頭に限られ、シンガポール以外の正規市場には並ばなかった。
記念のための単一生産であり、生産期間中の仕様変更は確認されていない。各40本という数量が行き渡った時点で生産は終えており、その後の再生産は行われていない。