エドモン・ジャガー
1880年にパリで事業を興し、ルクルトにムーブメントを求めて、のちのジャガー・ルクルトにつながる協業を始めた人物(1858-1922)
- BORN
- 1858年
- DIED
- 1922年
- BRANDS
- ジャガー・ルクルト / カルティエ
- MODELS
- 9 本
概要
エドモン・ジャガー(Edmond Jaeger、1858-1922)は、パリを拠点とした時計の事業家である。Antiquorumの解説によれば、パリのジャガーの会社は1880年にジャガーが創業した。英国のサイエンス・ミュージアム・グループの記録によれば、1903年、ジャガーは自ら考案したムーブメントを作るよう、ル・サンチエのジャック=ダヴィッド・ルクルトに持ちかけた。スイス歴史辞典によれば、ルクルトは1903年からジャガーに供給し、1916年からは販売元のジャガーを通じてフランスの航空隊に回転計を納め、1917年に両者は共同出資の会社を設けた。この協業は、1937年のジャガー・ルクルトの名につながった。
生涯
01パリの事業
Antiquorumの競売の解説によれば、パリのジャガーの会社は1880年にエドモン・ジャガー(1858-1922)が創業した。サイエンス・ミュージアム・グループの記録も、ジャガーの生没年を1858年から1922年としている。
02ルクルトとの出会い
サイエンス・ミュージアム・グループの記録によれば、1903年、パリのエドモン・ジャガーは、自ら考案したムーブメントを作るようジャック=ダヴィッド・ルクルトに持ちかけた。スイス歴史辞典(DHS)も、ルクルトが1903年からパリのジャガーにムーブメントを供給したと書いている。
業績・代表作
01供給と共同出資
DHSによれば、ルクルトは1916年から、販売元のジャガーを通じてフランスの航空隊に回転計を納め、1917年にはジャガーと共同出資の会社を設けた。ジャガーはルクルトの製品を販売する立場にあり、両者の関係は時計にとどまらず計器にも及んでいた。
02レベルソ
Antiquorumの解説によれば、セザール・ド・トレイがポロの英国の将校たちから求められた、荒い扱いに耐える時計の課題をルクルトに相談し、パリのジャガーの会社とともにレベルソが生まれた。1931年秋、ド・トレイとルクルトは、レベルソをはじめルクルト&Cieとパリのジャガーの時計を売る会社スペシャリテ・オルロジェールを設立した。
評価・後世への影響
ジャガーとルクルトの協業は、両家の名を合わせたブランドへとつながった。サイエンス・ミュージアム・グループの記録とAntiquorumの解説は、いずれも1937年に会社がジャガー・ルクルトの名を採ったと伝えている。ジャガーはその15年前の1922年に亡くなっている。
パリで考案されたムーブメントをスイスで作るという1903年の持ちかけが、ジャガーの名を今日のジャガー・ルクルトに残すことになった。
この人物が関わったモデル
出典
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