設計思想
11年の空白を経て、スチール・ペプシが戻る
2018年3月のBaselworld。Rolexは新世代GMT-Master IIのRef. 126710BLROを発表した。赤と青のセラミック・ベゼル、いわゆる「ペプシ」が、約11年ぶりにステンレススチールのGMT-Masterへ戻ってきた瞬間である。直近のステンレス・ペプシは1989年から2007年まで生産されたRef. 16710であり、こちらは陽極酸化アルミ製のベゼルを纏っていた。アルミ・インサートはセラミックへ置き換えられた2007年以降、ステンレスGMTから赤青2色は一度姿を消す。それから11年、Cerachromという素材の中で、ようやく赤青の組合せが現実のものとなった。
「白金縛り」からの解放
2色のCerachromは、技術的にも商業的にも複雑な経緯を辿った。Rolexは2013年に黒青のBatmanベゼルでバイカラー・セラミックを初めて市販化したが、赤の発色は焼成中に劣化する性質があり、長らく実用化が困難とされた。2014年、赤青のCerachromは完成したものの、当初は18ctホワイトゴールド版のRef. 116719BLROにのみ搭載された。生産歩留まりが低く、原価が高い赤の発色を、ホワイトゴールド・ケースの価格帯で吸収せざるを得なかったためと伝わる。スチール・モデルでの提供は、製造工程の習熟を経た上で、4年遅れの2018年に実現することとなる。
第6世代GMT-Masterとしての位置
Ref. 126710BLROは、6桁参照番号で示されるGMT-Master IIの新世代にあたる。直前世代116710系のいわゆる「Maxi case」と比べ、ケースバンドは薄く再描画され、ラグもややテーパーが効いた。意匠面では穏やかな更新だが、内部には大きな転換がある。Cal. 3186から新世代Cal. 3285への置換である。後者はChronergy脱進機を搭載し、70時間のパワーリザーブを得た。文字盤6時の「Swiss Made」の間に小さなロゴクラウンが配されるのは、この新世代キャリバー搭載を示すロレックス内部の標識だった。加えて、長らくOyster一辺倒だったステンレスGMTに、5列Jubileeブレスが組み合わされた点も世代交代の象徴となった。発表当初の本Refは「赤青ベゼル+Jubileeブレス」の単一構成のみで提供され、その姿でカタログを覆う存在となる。
2026年、突然の終焉
発表から8年が経過した2026年4月14日、Watches and Wonders 2026の開幕に合わせ、rolex.comの126710BLRO製品ページは404相当の通知に書き換えられた。同時に白金版126719BLROも消失し、現行カタログのスチールGMT-Master IIから赤ベゼルが完全に外れた。Cerachromエラ以降、ステンレスGMT-Master IIのカタログから赤ベゼルが消えたのはこれが初めてである。代替となる新ペプシも、噂されていた赤黒「Coke」も発表されず、71年に及ぶ赤ベゼルGMTの系譜は一度静かに途切れることとなる。126710BLRO-0001は、その8年の生産期間を以て、現行Rolexにおける赤青ベゼルの最後のJubilee仕様となった。
意匠分析
ケース径は40mm、Oystersteel製の単体構造である。直前世代116710系のいわゆる「Maxi case」と比べると、ラグは薄く先細るプロポーションに改められ、ケースバンドも僅かに整えられた。Triplockねじ込み式リューズと閉鎖型ケースバックが100m防水を担保する。
最大の見どころはベゼルにある。赤青2色のCerachromモノブロックは、アルミナ系セラミックを基材とし、ジルコニア系を用いる他のCerachromベゼルとは出自が異なる。Rolexは「全体を赤く焼成し、半周にのみ化学処理を施して再焼成することで青へ変化させる」という特許製法を採用する。継ぎ目のない一体成型でありながら、赤と青の境界が鮮明な点が技術的核心である。24時間刻みの数字・目盛りは型成形後、PVDで約1μmのプラチナを纏う。
文字盤は黒、針はメルセデス型(時)とブレゲ型(分)、矢印先端の赤いGMT針が24時間で文字盤を1周する。インデックスはRolex Professional仕様のMaxi形状で、夜光剤Chromalightが青く発光する。6時位置、Swiss Madeの2語の間に置かれた小さなRolexクラウンは、新世代Cal. 3285搭載を示す識別子である。
Cal. 3285は2018年発表の世代交代ムーブメントで、10件の新規特許を伴う。Chronergy脱進機(ニッケル・リン素材、無磁性)と青色Parachromヒゲゼンマイ、Paraflex耐衝撃機構を組み合わせ、毎時28,800振動(4Hz)、70時間のパワーリザーブを得る。前世代Cal. 3186の48時間から大幅に延長された。Superlative Chronometer認定により、日差±2秒の精度が保証される。
ブレスレットには5列のJubileeを採用する。Jubileeは1945年Datejust用に開発され、GMT-Masterでも初期1675系などに装着歴があるが、現代ステンレス・スポーツモデルへの本格再登板は本Refが起点である。コマは中央が研磨、外側がサテン仕上げ、留め具はOysterlock安全クラスプとEasylink 5mm延長機構を備える。ラグ取付ピンとエンドリンクの形状は126710BLRO専用で、ホワイトゴールド版116719系のOysterブレスとは互換性を持たない。素材違いの取り違えを防ぐ意図も読める。
系譜と歴史
2018年3月21日、スイスのBaselworld 2018開幕日、Rolexは新世代GMT-Master IIとなるRef. 126710BLROを発表した。第6世代に当たる新ケースとCal. 3285を搭載し、Jubileeブレスを装着した形での登場である。生産は同年4月から開始された。当初は赤青ベゼルとJubileeブレスの組合せ(-0001)のみが提供されている。
翌2019年、同じケース・ムーブメント・Jubileeブレスを共有する黒青ベゼル仕様「Batman」、Ref. 126710BLNR-0002が追加された。これにより新世代GMT-Master IIは2色彩のステンレス構成を持つこととなり、Pepsiの本Refは旗艦的色彩としてカタログ内に位置づけられる。
2021年、Oysterブレス仕様(Ref. 126710BLRO-0002)が追加され、本Ref(-0001)はJubileeブレス専用構成として継続販売された。Oysterの追加以降も-0001はカタログから外されていない。
2025年後半より、欧米の正規ディーラーの一部ウェブサイトから126710BLROの掲載が静かに消え始める。2026年2月、複数の業界誌が「Rolexからディーラーへ今後の納品はないとの通達があった」旨を報じた。
そして2026年4月14日、Watches and Wonders 2026の開幕に合わせ、rolex.comの126710BLRO製品ページは「This page is not available」の一行へ書き換えられた。同時に18ctホワイトゴールド版のRef. 126719BLROも姿を消し、Cerachrom時代以降のカタログから赤青ベゼルが完全に外れた。公式アナウンスは伴わず、いわゆる「サイレント・ディスコン」の形での生産終了確認である。発表から生産終了まで、約8年の現行期間であった。