1972年、危機の時代の賭け
1970年代初頭、スイス時計産業はクォーツ危機の渦中にあった。機械式時計の優位性は根本から問い直され、ドレスウォッチと複雑時計を主力としてきたオーデマ ピゲも、新しい市場を切り拓く必要に直面していた。
1971年バーゼル・フェアの前夜、取締役ジョルジュ・ゴレイ (Georges Golay) が若きデザイナーのジェラルド・ジェンタ (Gérald Genta, 1931–2011) に「前例のないステンレススチール製の時計」の設計を依頼したと伝わる。ただし「一夜の設計」というエピソードはしばしば誇張され、製品化までの実際の開発期間は約1年に及んでいる。ジェンタは深海潜水ヘルメットから着想を得たとされ、潜水服にヘルメットを固定する八角形フランジと六角ボルトが、八角形ベゼルと八本の六角形ネジへと翻案された。
1972年4月15日、バーゼル・フェアで発表されたRef. 5402STは、当時の業界常識を反転させていた。ケース径39mmは、男性用時計が35〜36mmを標準としていた時代には異例の大きさで、「ジャンボ (Jumbo)」の通称が早くから定着した。価格は資料により3,300〜3,750スイスフランと記録され、ロレックス サブマリーナーの約10倍に達した。スチール製ながら金無垢ドレスウォッチを上回るこの価格が、発表当初の最大の批判対象となった。