設計思想
1. 全セラミック化という決断
2017年1月、ジュネーブの国際高級時計サロン(SIHH)でAudemars Piguetが発表した26579CEは、同社にとって初の「全セラミック」腕時計である。Royal Oak Perpetual Calendarというシリーズの花形に、ケースとブレスレットをまとめてブラックセラミックへ置き換えるという選択は、当時の業界においても異例の挑戦であった。
APはそれ以前から、Royal Oak Offshoreなどでセラミック製ベゼルや一部パーツを採用してきた。しかしブレスレットまでもをセラミックで成形し、なおかつスティール製Ref.26574と「同一の仕上げ品質」に到達させるというのは、別次元の課題である。同社の公式説明によれば、開発に要した研究時間は600時間、ブレスレット一本の仕上げだけで通常の約5倍、ケースとブレスレットを合わせた制作工程は同シリーズのスティール仕様の約6倍を要すると伝わる。
2. 26574世代の延長線上で
26579CEの基礎設計は、2015年のSIHHで世代刷新を遂げたRef.26574(スティール)および同年のRef.26574OR(ピンクゴールド)、続く2016年のイエローゴールド仕様にある。それまで39mm径が主流であったRoyal Oak Perpetual Calendarを41mmへ拡大し、ムーブメントもCal.5134へと更新したこの世代刷新の流れに、26579CEは「素材革新」という新しい軸を加える役割を担った。
寸法、機能構成、ムーブメントは26574世代と共通である。新しさは、あくまで外装素材に集中している。
3. 派生と後継
2019年には姉妹モデルとしてRef.26579CB.OO.1225CB.01が登場した。同じ全セラミック構成のままケースをホワイトセラミックへ、文字盤をブルー「Grande Tapisserie」へと組み替えた仕様である。同年にはオープンワーク仕様の26585CEがブラックセラミックで派生し、Cal.5134/5135系列はこの後も複数の派生Refへと展開された。
2025年、APはCal.7138を搭載する次世代Ref.26674をRoyal Oak Perpetual Calendarの新たな主軸として発表した。前世代Cal.5134を搭載する最後のRoyal Oak Perpetual Calendarは、2024年発表のRef.26574BC「John Mayer」Limited Editionと公式に位置付けられている。26579CEはこれに先立ち、現行ラインから静かに退いたとみられる。
意匠分析
全面ブラックの統一感
26579CEの設計上の核心は、ベゼルもケースもブレスレットも、目に映るほぼ全ての外装表面を一枚の黒で覆い切ったという点にある。文字盤のスレートグレー、針と植字インデックス、ムーブメントの22Kゴールド製ローター以外、視界に入る要素は黒一色で統一される。
仕上げの徹底
ブラックセラミックのケースは、金型成形ではなく、ブロックから機械加工によって削り出されている。表面はスティール製Royal Oakと同等の仕上げ、すなわちフラット面の縦目サテンと角の鏡面ポリッシュという、Royal Oak固有の二段階仕上げを再現する。セラミックは硬度が高く、エッジを潰さずにポリッシュ面を出すことが極めて難しい。八角形ベゼルの角を一本ずつ鏡面に立ち上げる工程は、スティールに比べて遥かに大きな労力を要するとされる。
ブレスレットも同じ思想で作られている。Royal Oak固有のH型リンクが持つフラット面と斜面の対比は、ブラックセラミックでも維持される。ブレスレット一本の仕上げに約30時間を要し、これはスティール仕様の約5倍に相当する。
文字盤と針
文字盤はスレートグレーの「Grande Tapisserie」パターンで、ケースの真黒に対してわずかに浮かび上がるトーンを取る。サブカウンターは黒く沈み、9時位置の曜日、3時位置の日付、12時位置の月・うるう年、6時位置の月相、そして中央スイープによる52週表示を整然と配置する。月相ディスクには紫紺のアベンチュリンが用いられ、月面はレーザーによる微細加工で表現される。インデックスと針はホワイトゴールド製で、夜光塗料を備える。
自社製ムーブメントCal.5134
ムーブメントは2015年世代から導入されたCal.5134。直径29.0mm、厚さ4.31mm、毎時19,800振動(2.75Hz)で動作し、パワーリザーブは40時間。22Kゴールド製の中央ローターは外周のリングと4つのルビーローラーで支持される構造を持ち、摩擦と摩耗を抑えながら巻上げ効率を確保する設計とされる。
系譜と歴史
26579CE.OO.1225CE.01は2017年1月、ジュネーブで開催されたSIHHにてAudemars Piguetから発表された。発表時の定価は税抜CHF 85,000、米国でのリテール価格は約93,900米ドルとされる。販売形態は限定なしのブティック・エクスクルーシブで、ナンバー付きの限定生産品ではないが、製造工程の負荷から実生産数は限定的であったと伝わる。
発表時点で公開された主要スペックは、ケース径41mm、ケース厚9.5mm、防水20m、ムーブメントCal.5134、ブレスレットのクラスプはチタン製APフォールディング型である。
2019年には姉妹仕様としてRef.26579CB.OO.1225CB.01(ホワイトセラミック、ブルー「Grande Tapisserie」文字盤)が追加発表された。当時の定価はCHF 94,300相当で、26579CEとほぼ同じ価格帯に置かれた。同年にはオープンワーク仕様の26585CEもブラックセラミックで派生している。
生産期間中、26579CEのケース寸法、ムーブメント、文字盤色といった主要仕様に大きな変更は確認されていない。APは26579CEに対して、廃番である旨の公式発表を特に行っていない。一方で、2024年に発表された限定モデル26574BC「John Mayer」の公式説明には、これがCal.5134を搭載する最後のモデルである旨が明記された。2025年にはCal.7138搭載のRef.26674がRoyal Oak Perpetual Calendarの主軸として発表され、Cal.5134世代は事実上、現行ラインを退いた。