防水・ダイバーズの系譜
水と塵をいかに締め出すか——その問いへの解答が、腕時計を装身具から道具へと変え、やがて深海の現場にまで連れていった。
要旨
Summary腕時計の防水は、機構を水と塵からどう守るかという問いとして始まった。1926年のオイスターがねじ込み式の密閉構造で日常の堅牢性を確立し、1930年代には軍の潜水部隊が発光と視認を求めた。1953年前後、回転ベゼル・大型の夜光・自動巻・防水ケースという要素が一つにまとまり、潜水のための時計が形を得る。1960年代には飽和潜水という新たな課題が生まれ、ヘリウム対策が次の焦点になった。日本勢も防水から飽和潜水対応へと歩を進めた。本稿は、深度と視認、軍と民という二つの軸で防水の系譜をたどる。
解説
Overview機構を水から守るという課題
20世紀初頭まで、腕時計にとって水と塵は避けがたい敵だった。多くのケースは蓋をはめ込む構造で、リューズの隙間からも湿気が入り込んだ。雨や発汗、水仕事が機構を狂わせ、腕時計はまだ繊細な装身具にとどまっていた。
オイスターと密閉という発想
1926年、ロレックスはオイスターを発表した。ベゼルと裏蓋をケース中央にねじ込み、リューズもねじ込み式とすることで、牡蠣の殻のように内部を密閉する構造である。とりわけリューズからの浸水を防ぐねじ込み機構が要となった。翌1927年、泳者マーセデス・グライツがオイスターを身につけて英仏海峡の遠泳に臨み、10時間以上を冷たい海で過ごしても時計は止まらなかった。この一件が、防水性を世に知らしめた。ただし密閉ケースの試みはオイスターが唯一ではなく、それ以前にも複数の特許が存在した。オイスターの功績は、商業的に成功した防水ケースとして、市場に防水という価値を根づかせた点にある。
水に潜るための時計へ
1932年、オメガはマリーンを世に出した。内側のケースを外側のケースに滑り込ませて密閉するスライド式で、水中での使用を意識した初期の一例とされる。1936年には、パネライがイタリア海軍の特殊潜水部隊向けにラジオミールを試作した。大型のクッション型ケースに発光素材を用い、暗い水中での視認を狙ったもので、ケースや機構の一部はロレックスが供給したと伝わる。どちらもまだ特殊な存在で、潜水時計という一つの型が定まるのは、もう少し先のことだった。
1953年、潜水時計の像が定まる
1953年前後、潜水のための時計を構成する要素が一つにまとまった。経過時間を計る回転ベゼル、暗所で読める大きな夜光、巻上げで防水を損なわない自動巻、そして高い防水性である。ロレックスのサブマリーナーとブランパンのフィフティ ファゾムスが、相次いでこの形を示した。フィフティ ファゾムスはフランス海軍の戦闘潜水部隊の要求から生まれ、誤操作を防ぐ一方向回転ベゼルと、潜水機材の磁気に耐える耐磁性を備えた。サブマリーナーは1953年に製造が始まり、1954年のバーゼルで公に披露されたと伝わる。両者の先後をめぐっては資料に食い違いがあり、どちらが最初かは断定しがたい。1957年にはオメガがシーマスター300を加え、潜水用の系列が各社で整っていく。確かなのは、軍の潜水部隊とレジャーダイバーという二つの担い手が、この道具を同じ方向へ押し進めた点である。
飽和潜水という新たな壁
1960年代、潜水技術は飽和潜水へと進んだ。ヘリウムと酸素の混合気を吸い、加圧された居住空間に長くとどまる方式で、深度と作業時間を大きく伸ばした。だがヘリウムの微細な原子はケースの隙間から入り込み、浮上して減圧する際に内圧となって風防を吹き飛ばした。これに二つの解答が生まれる。一つはたまったヘリウムを逃がす弁で、1967年のロレックス シードゥエラーがヘリウムエスケープバルブを備えた。弁の着想はアメリカ海軍の飽和潜水に携わった人物に帰され、ロレックスが特許を出願した。潜水会社コメックスとの協業はその後深まり、1970年代初頭には飽和潜水対応の標準が固まっていく。同種の機構は他社でも研究され、起源には議論が残る。もう一つは、そもそもヘリウムを入れない発想で、オメガはプロプロフで頑強な密閉ケースを選んだ。
日本勢の歩み
日本の防水は、1959年のシチズン パラウォーターに始まる。Oリングで密閉した、国産初の防水腕時計とされる一本で、50メートルの防水をうたった。1965年、セイコーは62MASを送り出した。150メートル防水と回転ベゼルを備えた、国産初とされる本格的な潜水用腕時計である。転機は1968年、ある飽和潜水士からの一通の手紙だった。350メートルの深さで潜水鐘を使う現場では、従来の300メートル防水機が役に立たないという指摘である。セイコーの開発陣は7年をかけ、1975年にプロフェッショナルダイバー600メートルを完成させた。チタンの一体ケースとL字形のパッキンでヘリウムの侵入を抑え、排出弁を不要とした設計で、缶詰に似た外観からツナと呼ばれた。1978年にはクォーツ化され、この基本設計は以後のプロ用ダイバーズに受け継がれていく。
道具から日常へ
防水とダイバーズの歴史は、機構を水から守るという素朴な課題から始まり、深海の現場にまで届いた。やがて潜水時計の要件は国際規格にまとめられ、堅牢さと視認性の基準が共有されていく。今日、それはもっとも身近なスポーツ時計の一つとなった。かつて命綱だった機能は、潜ることのない使い手の日常にまで根を下ろしている。