パネライ ラジオミール試作
暗い海中で時刻を読むという軍の要求が、発光素材と大型ケースを一つの腕時計に結び付けた。パネライとロレックスの協業の産物である。
概要
Overview1936年、パネライはイタリア海軍の潜水工作部隊向けに、後にラジオミールと呼ばれる腕時計の試作を手がけた。時計の名は、1916年に特許出願された放射性のラジウム塗料ラジオミールに由来する。海軍は破壊工作を担う潜水部隊のため、暗い海中でも時刻を読める頑丈な時計を求めていた。パネライはケースとムーブメントをロレックスから供給され、自社は発光文字盤を担った。直径47mmのクッション型ケース、溶接されたワイヤーラグ、大きな発光指標を備えた試作は10本ほどとされる。軍の機密として扱われ市販はされず、発光と視認性に徹した設計は後のパネライのダイバーズの原型となった。
背景
Backgroundパネライは1860年、フィレンツェで創業した時計の販売・修理工房を起点とする。20世紀初頭にはイタリア海軍(レジア・マリーナ)へ精密計器を納める供給者となっていた。1916年、暗所で計器の表示を読むための発光塗料を開発し、ラジウムを用いるこの素材をラジオミールと名づけて仏で特許を出願した。当時は放射線の害が十分に理解されておらず、ラジウムは塗料として広く使われていた。
一方、スイスのロレックスは1926年にオイスターケースで防水構造を確立し、防水時計の先行者と見なされていた。
この時期、イタリア海軍は潜水工作という新しい戦い方を模索していた。潜水士が有人魚雷にまたがり、敵艦の喫水下に爆薬を仕掛ける。複数人で連携するには、暗い水中でも時刻を読める頑丈な腕時計が要る。1935年、海軍はこの要求をパネライへ持ち込んだ。自前の時計用ムーブメントを持たないパネライは、防水ケースで知られるロレックスに協力を仰ぐことになる。
出来事
The Event1936年、パネライは試作した腕時計を海軍へ提出した。製作されたのは10本ほどとされ、発光素材の名をとってラジオミールと呼ばれた。これはパネライにとって初の腕時計でもあった。中核を担ったのはロレックスである。他社の文字盤を載せる時計に、ケースとムーブメントの双方をロレックスが供給するのは異例の取り決めだった。供給されたケースは参照番号2533で、ロレックスのクッション型ケースを直径47mmまで拡大した鋼製の大型ケースだった。上下にはワイヤー状のラグが溶接され、潜水服の上から巻ける長い革ストラップが付く。
ムーブメントもロレックス経由で供給された。コルテベール製の手巻き懐中時計用キャリバー618で、緩やかなテンポで動く17石の機構である。大型で動作に余裕があり、現場でも整備しやすい点が選ばれた理由だった。リューズは手袋をしたまま扱えるよう大ぶりに作られている。
パネライが自ら手がけたのは文字盤である。発光層の上に指標を切り抜いた板を重ねるサンドイッチ構造を用い、切り抜きの底からラジオミール塗料が光る。塗料を厚く盛れるため、海中でも判読できる強い発光が得られた。文字盤は3・6・9などに細いバー、ほかは点を配した簡素な構成で、見やすさだけを追っていた。
この2533を起点に、海軍へ実際に支給された参照番号3646が続いた。ただし戦中を通じて生産はごく少数にとどまる。いずれも軍の機密として扱われ、市販ルートには乗らなかった。
意義
Significanceラジオミールの技術的な核心は、暗い水中で時刻を確実に読めるという一点にある。発光層を切り抜き板で覆うサンドイッチ文字盤は、指標そのものが光る独特の見やすさを生み、現在のパネライにも受け継がれる構造となった。発光と大型ケースで視認性を最優先する設計思想は、その後の同社のダイバーズへ引き継がれていく。大ぶりのクッション型ケースという外形そのものも、現代のパネライを特徴づける要素として残った。
この系譜は戦後に深まる。文字盤と機構を守る発想は、リューズを押さえるブリッジ状の保護装置へと展開し、1956年の参照番号GPF-2/56や、後のルミノールの特徴へとつながっていく。回転ベゼルで潜水時間を測る機能も、こうした軍用計器の延長で加えられた。
もっとも、これを最初のダイバーズと断じるのは難しい。防水時計や潜水用の時計には複数の源流があり、ラジオミールはそのなかで、軍の潜水部隊向けに発光と視認性を徹底した早い実例と位置づけるのが妥当である。
特異なのは、この時計が長く軍の機密だった点である。塹壕時計が公然と広まったのとは対照的に、パネライの腕時計が一般に知られるのは1990年代に入ってからだった。道具として生まれた設計が、半世紀を経て一つのブランドの個性として読み直されることになる。