シチズン パラウォーター
水と塵を防ぐ技術は長く欧州の領分だった——1959年、シチズンはOリングによる防水を国産の量産時計に持ち込んだ。
概要
Overview1959年、シチズンは防水機構パラウォーターを備えた腕時計を発売した。同社が国産初の完全防水腕時計と称する一本である。当時の腕時計にとって水と塵は精度と寿命を縮める大敵で、防水はロレックスのオイスターに代表される欧州の技術だった。パラウォーターはケースの要所にOリングと呼ばれるパッキングを挟み、隙間からの浸水を抑える。搭載機は手巻きの920系キャリバー、発売時の価格は6,000円から7,800円。防水を国産の量産時計に持ち込んだこの一歩が、後の国産ダイバーズへとつながっていく。
背景
Background19世紀末から20世紀前半にかけて、腕時計の最大の敵は水と塵だった。文字盤や機構の隙間から入り込んだ湿気や埃は、油を劣化させ、部品を錆びさせ、精度と寿命を確実に縮めていく。なかでもりゅうずの軸まわりは外気と通じる弱点で、ここからの浸水を断つことが防水の核心だった。
この課題に体系的な答えを出したのは欧州の時計産業である。1926年にロレックスが発表したオイスターは、ねじ込み式のケースとりゅうずで密閉性を高め、日常的な防水という発想を確立した。以後、防水は高い技術力の証として欧州メーカーの領分にあった。
日本の時計産業は、戦後に量産体制を立て直し、精度の面では欧州に迫りつつあった。シチズンは1930年の創業以来、実用的な紳士用時計を量産で供給し、1958年には上級機デラックスで国内市場の支持を広げていた。ただし水と塵への備えでは、なお欧州勢に後れを取っていた。実用時計として海外に伍するには、防水を自前の技術として確立する必要があった。
出来事
The Event1959年、シチズンは防水機構パラウォーターを採用した腕時計を発売した。公式の製品記録では発売は同年6月とされる。シチズンはこれを国産初の完全防水時計と位置づけた。ただし同社自身、現在の基準では「完全」とは言えないと注記している。パラウォーターはこの一機種にとどまらず、以後シチズンの多くのモデルに展開される防水仕様の呼称ともなった。
防水の要は、ケースの各接合部に施したパッキングにあった。ガラスの縁、はめ込み式の裏ぶた、胴の合わせ目、そしてりゅうずの四か所に、断面が円いOリングと呼ばれるゴム製の輪を挟み込む。Oリングは押しつぶされて隙間を埋め、ゴムの弾性で接合面に密着し、水と塵の侵入を抑える。四か所のうち最も難しいのはりゅうずだった。巻き上げや時刻合わせで動かす部品のため、可動部に沿わせたOリングで気密を保つ必要があった。ねじ込み式のりゅうずで密閉する欧州の主流とは異なる、パッキングを主体とした封止である。航空機の油圧機構にも使われる耐圧性の高いパッキングだったと伝えられる。
搭載されたムーブメントは手巻きの920系キャリバーで、変則中三針の構成をとる。デラックスで実績のある機構を流用し、量産に乗せやすくしていた。発売時の価格は6,000円から7,800円。広告は、冷たい水でも湯でも機械を遮断すると、防水性を前面に押し出した。
それまで時計は水回りで外すのが当然だったが、パラウォーターの登場で、着けたまま海で泳ぐような使い方も現れたと伝えられる。
意義
Significanceパラウォーターの意義は、防水という機能を国産の量産時計に根づかせた点にある。ねじ込み式に頼らずパッキングで封止する手法は構造が比較的単純で量産に向き、以後の国産防水時計の原型となった。シチズンに続いて国内各社が防水時計を手がけ、防水は一部の高級機の装備から、実用時計の標準的な備えへと位置を変えていく。
技術の系譜として見ると、パラウォーターは深く潜るための時計ではなく、日常の水濡れに耐える時計だった。それでも、ケースを密閉するという基礎を国内で確立した意味は小さくない。この土台の上に、より高い防水深度と堅牢性を求める機種が現れる。後継の自動巻きオートデーター系では40mの防水を称する機種も登場し、1965年にセイコーが国産初とされるダイバーズ62MASを送り出すのも、こうした蓄積の延長線上にある。
後年には、自動巻きのオートデーター パラウォーターをブイにくくりつけ、海流に乗せて漂流させる宣伝も行われたと伝えられる。ブイは北米沿岸まで流れ着いたとされるが、時計自体は途中で脱落していた。世界の防水史がロレックスのオイスターに始まったとすれば、日本のそれはパラウォーターを出発点の一つとし、後の国産ツールウォッチへと受け継がれていく。