セイコー 62MAS(国産初のダイバーズ)
スイスが先んじたダイバーズの領域へ、国産の量産技術で挑んだ最初の一本——それがセイコー62MASだった。
概要
Overview1965年、セイコーは国産初の本格的なダイバーズウォッチとされる6217-8000、通称62MASを発売した。それまで日本の防水時計は日常用が中心で、潜水に使える国産機はなかった。62MASは150mの防水を備え、ねじ込み式の裏蓋とリューズの二重パッキンで水の侵入を防ぐ。自動巻きキャリバー6217は手巻きを省き、量産と低コストを意識した設計だった。後のプロスペックスへ続く、セイコーダイバーズの起点に位置づけられる一作である。
背景
Background1953年前後、スイスではねじ込み式の防水ケースと回転ベゼルを備えたダイバーズウォッチが確立した。潜水という用途に応える時計の形が、ここで定まっていた。一方の日本では、戦後の復興のなかで時計産業が量産体制を整えつつあったが、潜水に耐える時計はまだ自国にはなかった。
国産の防水時計は1950年代から現れていた。ただしその多くは日常生活での水濡れに備えた程度で、防水深度は数十メートルにとどまる。文字盤や仕上げも装いを意識した作りで、水中での作業を前提とした道具ではなかった。
潜水は、漁業や海洋調査といった現場の仕事として国内でも広がりつつあった。輸入されるスイス製ダイバーズは高価で、誰もが手にできるものではない。諏訪精工舎は、この空白に向けて潜水用時計の開発に着手する。求められたのは、高い防水性と水中での視認性、そして量産に耐える構造を一台にまとめることだった。
出来事
The Event1965年、セイコーは初のダイバーズウォッチを発売した。型番は6217-8000、防水深度は150mに達する。それまで自社最深だった50m級から大きく踏み込んだ仕様だった。
防水は複数の工夫の組み合わせで支えた。裏蓋はねじ込み式で固く締まる。リューズはねじ込み式ではなく押し込み式のままだが、二重のパッキンで密閉して水の侵入を防ぐ。風防にも水圧に耐える厚みをもたせた。
ムーブメントには自動巻きのキャリバー6217を搭載する。毎時18,000振動、17石。手巻き機構を持たず、秒針を止めるハック機能もない。巻き上げにはセイコー独自のマジックレバー機構を用い、少ない部品で効率よくぜんまいを巻く。日付はリューズ操作で素早く送れるクイックセットに対応した。手巻きを省いた割り切りは、量産と低コストを意識した設計だった。
ケースはステンレス製で、クラウンガードを持たない簡潔な形をとる。文字盤はグレー系で、太い針と大きなインデックスに夜光を施し、水中での視認性を優先した。ベゼルは両方向に回る回転式で、逆回転防止の機構はまだ備えていない。
初期型の6217-8000は小ぶりのリューズを持つが、生産は数か月にとどまった。手袋をした手でも扱えるよう、まもなく大型のリューズを備えた6217-8001へ改められる。この後期型が、通称ビッグクラウンとして広く知られる。発売当時のカタログでは『セイコーマティック カレンダー ダイバーズ ウォッチ』と紹介され、62MASの通称は後年に定着した。
意義
Significance62MASは、セイコーのダイバーズウォッチの出発点となった。1966年には改良型の6217-8001が第8次南極観測隊に供給され、極地の寒冷と過酷な環境のなかで実用された。
技術の面では、150mという防水を量産機で実現した点が大きい。裏蓋のねじ込みとリューズの二重パッキンという考え方は、その後の国産ダイバーズの基本構造として受け継がれていく。本格的な防水性能を、輸入品より求めやすい価格で量産した点も、国内市場では意味を持った。
62MASに続き、セイコーは1967年により深い防水に対応した専用機へと歩を進める。両方向回転のベゼルや押し込み式のリューズといった初期の仕様は、実際に潜るダイバーの声を受けて後継機で見直されていく。その深化の過程は、後の飽和潜水対応機の開発へとつながる。
スイスが1953年前後に築いた領域へ、国産の量産技術で追いついたこと自体が、この一作の意義である。62MASが定めた文字盤の視認性やベゼルの比率、ケースの輪郭は、現在のプロスペックスにも面影を残す。2017年には初代に忠実な復刻機も登場し、原典としての位置づけは揺らいでいない。