設計思想
1. 160周年と「もうひとつのカレラ」
TAG Heuer は2020年、ブランド創設から数えて160年の節目を迎えた。同社はこの年を「カレラの年」と位置付け、1963年にジャック・ホイヤーが世に出した初代カレラを起点に、複数の系統を同時に再編した。ヴィンテージを直接召喚した記念限定版(シルバー、モントリオール、ダト45等)が話題を集める一方で、コアコレクションの中核を担う非限定モデルとして再設計されたのが、本Refを含む42mmクロノグラフ・ファミリー4本である。
同時期に発表された44mmのCBN2Aシリーズ(セラミック製タキメーターベゼル)が現代的・スポーティな解釈を担うのに対し、42mmの本シリーズはタキメーターを排し、初代カレラに通底する「読める時計」としての性格を引き受けた。同じ年、同じシリーズに、二つの異なる正解を並べる構成である。
2. 42mm新サイズと自社製ムーブメントの組み合わせ
本Refの直前まで、カレラの定番クロノグラフはCal.16(ETA系列)やCal.1887を搭載する世代が長く続いていた。本Refはこの流れの上に立ちつつ、当時のカレラには存在しなかった42mmという新サイズに、自社製キャリバーHeuer 02とタキメーターを持たない外周ベゼルレスの構成を組み合わせている。ベゼルを廃したぶん、同じケース径以上に文字盤が大きく見える。
ダイヤルは、3時に30分積算計、6時にスモールセコンド(日付窓を内包)、9時に12時間積算計を配する3カウンター構成。これはキャリバーHeuer 02搭載の44mmカレラ(2017年〜)で確立された配置を、42mmケースへ移植したものである。同時に、ヴァルジュー72を積んだ初代Ref. 2447以来カレラに反復してきた、3-6-9のトリコンパクス・レイアウトの系譜にも連なる。
3. 2023年以降の継承
発表から3年後の2023年、TAG Heuer はキャリバーHeuer 02を全面改良し、新世代キャリバーTH20-00へ移行した。本Refはリファレンス番号を保ったままムーブメントを更新され、現在も継続生産されている。
同年にはドーム状サファイアクリスタル「グラスボックス」を採用した新世代カレラ(39mm/44mm)も登場しており、本Refはグラスボックス前夜の42mm世代として、シリーズの過渡期を体現する一本でもある。
意匠分析
本Refの個性は、まずベゼルの省略に集約される。同時期に展開された44mmのスポーツ系派生(CBN2Aシリーズ等)がセラミック製タキメーターベゼルを纏うのに対し、本Refはフラットなスチールベゼルのみで、文字盤を大きく見せる設計を選択した。タキメーター目盛りを排した結果、文字盤外周には分目盛りと「TAG Heuer」「Carrera」「Swiss Made」の文字のみが残り、視覚的なノイズが極端に少ない。
ケースは直径42mm、厚さ14.4mm。ラグの上面をポリッシュ、側面をブラッシュドとする処理で、強い光沢と落ち着いた肌触りを両立させている。ケースサイドの平面は鏡面で、ラグの先端に向かって角度をつけて削り出されている。クロノグラフプッシャーは2時と4時に配され、ストレートな円筒形を取る。サファイアクリスタルは外周がわずかにドーム状で、ダブル反射防止コーティングが施される。
文字盤は黒のオパーリン仕上げで、光の入射角によって縦方向のサンブラスト的な表情を見せる。3時の30分積算計、6時のスモールセコンド(日付窓を内包)、9時の12時間積算計の3カウンター構成は、カレラの歴史に幾度も現れてきた伝統的な3-6-9配置である。3つのサブダイヤルにはいずれもアズラージュ(同心円ギヨシェ)が施され、黒地のなかで質感の差として浮かび上がる。インデックスと針はロジウムプレートで、夜光はスーパールミノヴァが充填される。
シースルー裏蓋からはローターが見える。発表当初のCal. Heuer 02では多本スポーク状のスケルトンローター、後期生産のTH20-00では盾形をかたどった大ぶりのカットアウトローターと、世代によって見える表情が異なる。ブレスは3列構造で、コマの中央列をポリッシュ、両側列をサテン仕上げとしたコントラスト構成。フォールディングクラスプには誤開放を防ぐダブルセーフティプッシュボタンが備わる。
系譜と歴史
2020年9月、TAG Heuer はブランド創設160周年を記念するカレラ・コレクションの一翼として、本Refを含む42mmクロノグラフ・ファミリー4本を発表した。同時発表の兄弟Refは、ブルーサンレイ文字盤×ステンレスブレスのCBN2011.BA0642、アントラサイトサンレイ文字盤×ブラウンアリゲーターストラップのCBN2012.FC6483、シルバーオパーリン文字盤に5Nローズゴールド針・インデックスを組み合わせたCBN2013.FC6483の3本である。本Refはブラックオパーリン文字盤とステンレスブレスの組み合わせで、4本のうち最も「定番カレラ」の位相を担う。
発表当時はムーブメントとして自社製キャリバーHeuer 02が搭載されたが、2023年に同キャリバーの改良版TH20-00が登場して以降、生産分は順次TH20-00へ更新された。ケース寸法・文字盤レイアウト・ベゼル仕様はそのまま、ローター形状(TAG Heuerの盾型をかたどったスケルトン)と巻き上げ方向(両方向化)などの内部更新が静かに進行している。リファレンス番号は据え置かれているため、市場では両世代のムーブメントが混在する。
本Refは限定生産ではなく、コアコレクションとして継続生産されている。同時期に発表された160周年記念限定版(シルバー、モントリオール、ダト45等)とは異なり、本Refは160周年の文脈のなかで生まれながら、その後の標準ラインを長期的に担う位置にある。