設計思想
1. 6309復刻という選択
2010年代のセイコーは、自社アーカイブの再解釈を加速させた時期にあたる。SKX007系のように長年生産が継続したダイバーズが現役にある一方で、ヴィンテージ市場では1988年に生産を終えた3代目プロフェッショナルダイバー6309-7040への評価が再燃していた。クッションケース、4時位置のリューズ、150m防水という独特の構成は、現行品の中には正確な対応物が無く、コレクターの間でその不在が長く意識されていた。
SRP777をはじめとするSRP77x系は、この空白に応える形で企画された。2015年12月にプレスリリースが出され、SRP773・SRP775・SRP777・SRP779の4機種が同時発表される。市場投入は2016年初頭で、価格帯は欧州MSRPで399〜439ユーロ、北米MSRPでおおむね475ドル前後に設定された。Prospexラインの中ではSKX007系の上位、SUMO(SBDC031等)の下位という位置づけが与えられている。
2. オリジナル6309から引き継がれたもの、変えられたもの
SRP777が引き継いだのは、まずクッションケースの全体像である。径と厚みのプロポーション、4時位置リューズ、アルミインサートを持つ一方向ベゼル、ツナミ浮彫の裏蓋、シューズ型の時針——いずれも6309-7040の語彙を踏襲する。3時位置の日付/曜日窓もそのままの位置に据え置かれ、ベベル処理まで再現された。
一方、機械はオリジナルの17石キャリバー6309から、25石・21,600振動・パワーリザーブ41時間のCal.4R36へと刷新される。6309が持たなかったハック機能と手巻きが加わり、現代の実用基準を満たす自動巻機構となった。防水性能は150mから200mへ引き上げられ、ダイヤルには「Prospex」を示すXロゴが追加された。秒針は丸型カウンターウェイトに変更され、ラグにはドリルドホールが穿たれている。風防は引き続き無機ガラスのHardlexで、サファイアは採用されなかった。
「タートル」というニックネーム自体は、ヴィンテージ6309の時代から英語圏のコレクターによって付けられていた呼称であり、復刻によってこれが正式な定着を得た格好となる。
3. 4本同時発表と派生展開の起点
2015年末のローンチで4機種が同時に出されたことは、本シリーズの性格を方向づけた。黒文字盤+黒シリコンのSRP777が6309-7040への直接的な参照を担う一方、Pepsiベゼル+シリコンのSRP779、青文字盤+ブレスのSRP773、黒文字盤+金装飾+ブレスのSRP775がそれぞれ異なる需要に向けて配置された。日本国内向けにはMade in Japan仕様のSBDY015がSRP777相当として展開され、SeikoWatchの正規流通網に乗ることとなる。
2016年5月にはSRP787「Batman」とSRP789「Coke」がブレス仕様で続き、2017年以降はSRPA21「PADI」、SRPA19「Zimbe」、SRPB11「Blue Lagoon」、SRPC49「Ninja」、SRPC91「Save the Ocean」など、地域限定・コラボレーション派生が累積していく。SRP77xの共通ケースは、その後数年間にわたるタートル系の派生展開の母型となった。
意匠分析
SRP777の意匠の核は、1976年発表の6309-7040から受け継いだクッションケース形状にある。径45mm、厚さ13.5mm、ラグ幅22mmのステンレス鋼ケースは、上面ヘアラインと側面ポリッシュを切り分け、武骨な輪郭に陰影を与える。直径に対して短く、角度のついたラグは独特の「亀」を思わせる形象を生み、本シリーズが「タートル」と呼ばれる視覚的な根拠となっている。リューズは4時位置のスクリュードダウン式で、リスト着用時に手首背側への干渉を避ける配置である。
風防は無機ガラスのHardlex。SRP777発表時点ではサファイアは採用されなかった。一方向回転ベゼルは黒アルミインサートと120クリックの構造を持ち、外周には深いコインエッジが施される。
ダイヤルはマットブラックの艶消し仕上げで、白色LumiBriteを充填した大型インデックス——12時のトラペゾイド、6時・9時の縦長レクタングル、その他は円形——が配置される。この構成は6309-7040と同一の語彙である。針はシューズ型時針と矢羽根型分針で、いずれも内側に夜光を充填する。秒針の先端は丸型カウンターウェイトに変更されており、これは細い棒状であったオリジナル6309との明確な差別化点となる。
3時位置にはベベル加工された日付/曜日窓があり、英語/スペイン語(輸出)または英語/漢字(日本)の二言語表示となる。窓周囲のベベルは、本機を後継SRPE93から識別する重要な手がかりである。SRPE93では窓のベベルが廃され、代わりに3時隣にルミブライト塗布の小ドットが加えられたためだ。
機械は自社製のCal.4R36を搭載する。25石、毎時21,600振動 (3Hz)、パワーリザーブ41時間。6309由来の7Sファミリーを発展させたもので、7S26が持たなかったハック機能と手巻きを加えた点が実用面の更新である。
裏蓋はソリッドスクリュードバックで、Seikoダイバー伝統の「ツナミ」浮彫を中央に据え、外周には「Air Diver's 200m」の刻印を持つ。標準装着のシリコンストラップは22mm幅、ベンチレーション加工と鋼製キーパーを備える。ラグにはドリルドホールが穿たれ、6309には無かったストラップ交換上の現代的な配慮が加えられている。
系譜と歴史
SRP777は2015年12月、姉妹機SRP773・SRP775・SRP779とともにプレスリリースで発表された。市場投入は2016年初頭、タートル復刻シリーズは4機種同時のローンチで幕を開け、本機は基幹の黒文字盤・黒シリコンストラップ仕様として位置づけられた。
2016年5月にはステンレスブレス仕様の派生として「Batman」配色のSRP787、「Coke」配色のSRP789が追加され、共通ケースのラインアップは6機種に拡大した。日本国内向けにはMade in Japan仕様のSBDY015がSRP777相当として展開され、税抜定価は概ね53,000〜58,300円の範囲で推移している。
2016年末から2017年にかけては限定派生が相次ぎ、タイ市場限定の「Zimbe」(SRPA19)、グリーン限定(SRPB01)、PADI公認の「Pepsi」配色派生(SRPA21)、「Blue Lagoon」(SRPB11)などが投入された。2018年には「Save the Ocean」(SRPC91)、Made in Japanの「Ninja Turtle」(SRPC49 / SBDY005)などが続く。
2019年頃には基本仕様の小変更が観察されている。回転ベゼルとリューズのナーリングがより明確化された旨が複数のコレクター情報源で伝えられている。公式アナウンスを伴わない細部更新であり、生産個体ごとに差異が存在する。
2020年、SeikoはISO 6425の2018年改訂版への対応に伴い各ダイバーズの裏蓋表記を更新する。SRP77x系はこのタイミングで型番更新を受け、SRP777はSRPE93へ引き継がれた。SRPE93では裏蓋外周の「Air Diver's 200m」が「Diver's Watch 200m」へ書き換えられ、後のロットでは3時位置の日付窓脇にルミブライト塗布の小ドットが加わった——ISO 6425:2018の視認性要件への対応とされる。Cal.4R36および基本ケース寸法はSRP777から継承される。これにより本機は2020年前後に実質的な世代交代を迎え、現在は並行輸入と中古市場でのみ流通している。