系譜と歴史
7Sからの正統な発展
セイコー機械式時計の入口は、長らく1996年登場のCal. 7S26が担ってきた。21石、独自の双方向自動巻機構「マジックレバー」、頑健な耐震機構「ダイヤショック」 — エントリー機が機械式の魅力を世界に届けるための、最小限にして十分な構成である。しかし2010年前後、その完成度の高さと裏腹に、二つの制約が時代との齟齬を見せ始める。ハック秒(時刻合わせ時の秒針停止)機能を持たず、リューズによる手巻もできない。スポーツ機では正確な時刻同期が求められ、長期間使わない個体の始動には自動巻に依らない補助手段が望まれる。市場の成熟は、エントリー機にもこの二つの利便を求めるようになっていた。
2011年、セイコーは4R3xシリーズという形で回答する。4R35(日付のみ)、4R36(曜日+日付)、4R37・4R38・4R39といった機能違いの兄弟キャリバーが、ほぼ同時に発表された。本記事の対象である4R36は、3時位置に曜日と日付を併置するモデルで、初代の世代符号は「4R36A」と表記される。これらは7S系の輪列・耐震・自動巻機構を骨格として継承しつつ、ハック秒と手巻を加えた拡張版として設計された。
ファミリーの分岐とコスト思想
4R3xシリーズは、上位機6Rシリーズとはマインスプリング素材で明確に線引きされる。6R15(2006年)以降の6R系は、セイコー独自の高弾性合金「Spron 510」製ゼンマイを採用し、より長いパワーリザーブと安定したトルクを実現する。対する4R3x系は、伝統的なマインスプリング材を継承する選択をとった。このコスト配分の判断により、4R36はエントリー機の価格帯に踏みとどまっている。約41時間というパワーリザーブの控えめな数値は、その選択の帰結と見るのが妥当である。
NH36と業界基盤としての顔
4R36のもう一つの顔は、製造元Seiko Instruments Inc.(SII)から、子会社Time Module Inc.(TMI)を通じて「NH36」の名で外部供給される、汎用ムーブメントとしての姿である。両者は同じ製造ラインで、同じ部品から組み立てられる事実上同一の機械であり、刻印と販売チャネルの違いに過ぎない。NH36はクロノメーター級ではないが、堅牢で部品流通も良好なため、ダイバー機・フィールド機を中心に、世界中の独立系ブランドやマイクロブランドのエントリーモデルで広く採用されてきた。スイス勢にとってのETA 2824-2やSellita SW200に近い位置を、日本側で担う存在と言える。
なお、外部供給のNH36Aは精度を -20〜+40秒/日 と表記し、セイコー機内の4R36Aの -35〜+45秒/日 よりやや厳しい数値となる。実用上の差はわずかだが、出荷検査基準の違いが反映された表記差と伝わる。
セイコー機内での位置
セイコー機内では、4R36は2019年にリニューアルされたセイコー5スポーツの全モデルに搭載され、視認性の高いカラフルなダイバースタイルとともに、新世代の入口として広く流通している。プロスペックス系では、SRP系タートルや2020年発表のSRPE系キングタートルに搭載され、200m防水のダイバー機に求められる要件を満たす。さらに、より長いパワーリザーブを備えた上位機6R35(2019年登場、約70時間)へとステップアップする際の「最初の一本」を担う役割も期待されている。