設計思想
1. 2021年1月、二つの仕様
2021年1月5日、オメガは新世代のスピードマスター・ムーンウォッチ・プロフェッショナルを発表した。ケース素材と装着方法の組み合わせで8型番が同時に並び、ステンレス仕様は大きく二つに分かれた。ヘサライト風防とソリッドバックの組(Ref. 310.30.42.50.01.001ほか)と、サファイア風防とシースルーバックの組である。310.30.42.50.01.002は後者のブレスレット仕様にあたり、レザーストラップ仕様の310.32.42.50.01.002と対をなす。
中身のCal.3861は、この時点で新顔ではなかった。2019年のアポロ11号50周年記念モデルで初めて搭載された。2020年には、シルバースヌーピー・アワード50周年モデル(Ref. 310.32.42.50.02.001)にも用いられている。2021年の刷新は、限定品で実績を積んだこのキャリバーを、定番の全仕様へ行き渡らせる作業でもあった。
2. サファイア・サンドイッチの前史
表裏にサファイアを持つムーンウォッチの系譜は、Cal.1863を積んだRef. 3573.50に遡る。その後、品番体系の変更に伴ってRef. 311.30.42.30.01.006へ移行し、2021年に本Refへ交代した。
前世代まで、この仕様の存在理由は半ばムーブメントにあった。ヘサライト仕様が積むCal.1861に対し、裏蓋から機械が見えるサファイア仕様には、仕上げを高めたCal.1863が与えられていた。二つの仕様の差は、見えない内部の格差でもあったのである。
Cal.3861世代で、この構図は解消される。ムーブメントは両仕様で共通となり、仕上げの水準もそろえられた。パワーリザーブは前任の48時間から50時間へ延び、時刻合わせの際に秒針を止めるハック機能も加わった。代わって両者を分けるのは、文字盤のロゴとブレスレットの仕上げという外装の差である。
3. ロゴが示すねじれ
本Refの文字盤には金属製のアプライドロゴが据えられ、ヘサライト仕様のロゴは印刷である。一見すると、現代的な仕様に装飾を足しただけの区別に映る。
だが歴史をたどると、構図は単純ではない。アポロ11号の時代のRef. 105.012は、ヘサライト風防の下にアプライドロゴを備えていたとされる。風防の素材では月面個体に近いのがヘサライト仕様であり、ロゴの形式では本Refの側が当時に近い。二つの仕様は、それぞれ別の点で原典を参照している。
宇宙飛行の要件から選ばれたヘサライトを離れ、傷に強いサファイアを採ったことで、本Refは地上での日常使用を前提とする。そのうえで裏蓋を開き、機械の姿を見せる。ムーンウォッチの物語を、計器としてではなく機械として味わうための構成である。
4. 同じ器から広がる派生
サファイア風防とシースルーバック、鏡面を交えたブレスレットという本Refの構成は、その後の文字盤バリエーションの受け皿となった。白ラッカー文字盤のRef. 310.30.42.50.04.001と、黒白反転文字盤のRef. 310.30.42.50.01.004は、いずれもこの構成を共有する。派生が広がるなかで、黒文字盤とアルミニウムベゼルという基本形をサファイア仕様で担い続けているのが本Refである。
意匠分析
本Refを特徴づけるのは、表裏2枚のサファイアクリスタルである。風防はドーム形状で、反射防止処理は内側のみに施される。外面に処理を施さないのは、コーティング自体の擦り傷を避けるためと考えられる。ケース厚は13.18mmで、高く盛り上がるヘサライト仕様の13.58mmより約0.4mm薄いとされる。横から見たときの風防の立ち上がりは、その分だけ控えめになる。
裏蓋のサファイア越しには、手巻Cal.3861が見える。レマニア1873を祖とする輪列とカム式クロノグラフの設計を受け継ぐキャリバーである。オメガはそこにコーアクシャル脱進機とシリコン製ヒゲゼンマイを組み込み、現代の規格へ改めた。振動数は、Cal.861以来の毎時21,600振動 (3Hz)を守る。受けにはストレートのジュネーブ波が施され、全体はロジウムめっきで仕上げられる。
文字盤は段付の黒で、12時位置のOMEGAロゴは研磨された金属のアプライドである。ヘサライト仕様の印刷ロゴとは、斜めから光を受けたときの立体感で見分けがつく。外周の秒目盛りは1秒を3分割し、3Hzの振動数と整合させた。前世代の5分割から改められた点で、刷新世代に共通する修正である。
ベゼルリングは黒の陽極酸化アルミニウムで、90の上に点を置く「ドット・オーバー・90」の配置を採る。オメガは独自の陽極酸化処理によって、通常のアルミリングの約2倍の硬度を得ているとしている。2026年の黒白反転仕様がセラミックへ移ったのに対し、本Refはアルミの質感を残す。
ブレスレットは1列5連のアーチ形リンクで、ラグ側20mmからクラスプ側15mmへ細くなる。ヘサライト仕様が全面サテン仕上げであるのに対し、本Refは中央リンクの両脇に並ぶ小リンクを鏡面とし、サテン面と交互に光を返す。リンクの連結はピンとチューブからネジ留めへ改められた。クラスプはサテン仕上げのカバーに溝模様と鏡面のロゴを配し、長さの微調整機構を内蔵する。
42mmの非対称ケースは、ラグ・トゥ・ラグ47.5mmに収まる。直径に対して縦方向が短く、テーパーするブレスレットとあわせて手首への収まりを助けている。
系譜と歴史
310.30.42.50.01.002は、2021年1月5日にオメガが発表したCal.3861世代のムーンウォッチ8型番のひとつとして登場した。サファイア風防とシースルーバックを備えるステンレス仕様のブレスレット版である。同時に、レザーストラップ版の310.32.42.50.01.002も発表された。これにより、Cal.1863を積んだ前任Ref. 311.30.42.30.01.006は本Refへ置き換えられた。
発売当初のクラスプは、小さな穴にピンを差し替えて長さを調整する方式であったとされる。2022年11月末頃からは、プッシュボタンで長さを微調整できる新型クラスプを備えたブレスレットでの出荷に切り替わったと伝わる。翌年には、旧型ブレスレットに新型クラスプを組み込むための部品キットの供給も報じられている。
生産期間中の文字盤には、仕上げの個体差が報告されている。サファイア仕様の文字盤は黒がやや深く、インダイヤルの同心円模様が明瞭とされる。ただし需要に応じて複数の供給元が用いられたため、ヘサライト仕様に近い仕上げの個体もあるという。
2024年3月には、同じサファイア・サンドイッチの構成に白ラッカー文字盤を組み合わせたRef. 310.30.42.50.04.001が追加された。2026年1月には、黒ラッカーの主文字盤に白のインダイヤルを重ねたRef. 310.30.42.50.01.004が登場する。こちらも表裏のサファイアと、鏡面を交えたブレスレットの仕様を共有する。
本Refは2026年9月時点でオメガ公式サイトに現行品として掲載されており、生産終了の発表はない。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 専門メディア オメガ(OMEGA) スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル マスター クロノメーター(Speedmaster Moonwatch Professional Master Chronometer)
- 02 専門メディア First Look: The new Omega Speedmaster Moonwatch in Black and White
- 03 専門メディア Omega 310.30.42.50.01.002 : Speedmaster Professional Moonwatch 3861 Stainless Steel / Black / Sapphire / Bracelet