設計思想
1. ブランド独立元年に投入された宣言の1本
2017年は、グランドセイコーがセイコーから分離した独立ブランドとして再出発した節目の年である。同年3月のバーゼルワールドにおいて、ブランドは文字盤6時位置の「Seiko」表記を廃し、12時位置に「Grand Seiko」を単独で配する新たな世代を発表した。SBGH255はこの転換期に投入された新作のひとつであり、グランドセイコーにとって初の飽和潜水対応プロフェッショナルダイバーズという役割を担った。
それまでグランドセイコー名義の潜水時計はSBGA029に代表されるスプリングドライブ200mモデルに限られていた。優れた精度と仕上げを備えた1本でありながら、潜水時計としてはレジャーダイバーの域に留まっていた。プロフェッショナル仕様はセイコー本体のプロスペックス、特に1968年の6159-7001以来の系譜が担ってきた領域である。本機は、その役割をグランドセイコー側に取り込む狙いを持って投入された。
2. 飽和潜水仕様600mという技術的選択
最大の特徴は、ヘリウムガスエスケープバルブを持たずに600m飽和潜水仕様の防水性能を確保した点にある。一般に飽和潜水用ダイバーズには、減圧時の内圧逃がし機構が必要とされる。SBGH255はケース構造とL字型ガスケットの組み合わせでこれを不要とした。セイコーが業務用ダイバーズで長年磨いてきた手法であり、グランドセイコー製品へ初めて持ち込んだ意義は小さくない。
ムーブメントには2009年デビューのキャリバー9S85を搭載する。毎時36,000振動のハイビート機構を備える自社製の自動巻きで、静的精度は日差+5/-3秒、パワーリザーブは約55時間。プロフェッショナルダイバーズに高振動メカニカルを与えるという選択そのものが、業務用仕様とブランドの技術的最上位を1本に統合する宣言として読み取れる。
3. 派生SBGH257との関係と初期セイコーへの参照
SBGH255の発表と同時に、姉妹機として500本限定のSBGH257が発表された。こちらはディープブルー文字盤と専用のシリコンストラップを備える限定仕様で、グランドセイコーのブランドカラーを反映した造形を持つ。一方のSBGH255は通常生産モデルとして、黒文字盤に金色のセコンドハンドと金色の時字フレームを組み合わせる。この金の配色は、1967年の6215や1968年の6159-7001といった初期セイコー製プロフェッショナルダイバーズへの色彩的な参照と語られている。
つまり本機は、グランドセイコー独立というブランド政策上の節目、ハイビート機構と飽和潜水仕様という技術的な統合、そして初期セイコー業務用ダイバーズの記憶の継承という、三つの軸が交差する位置に置かれたRefである。
意匠分析
ケース径は46.9mm、厚みは17.0mm、ラグ間距離は50.8mmと、グランドセイコー全製品の中でも最大級の体躯を持つ。素材は高耐食ブライトチタンで、ザラツ研磨によって鏡面と平面サテン仕上げを明確に切り分けている。装着重量は174gに抑えられており、寸法の大きさに対して軽量である。ラグは短く下方へ強く湾曲し、ブレスは23mm幅のチタン製で三つ折り式エクステンションクラスプを備える。腕周りの最大有効長は195mmに設定される。
リューズは4時位置に配置される。潜水時のグローブ着用と手首の屈伸に配慮した、セイコー製プロフェッショナルダイバーズの伝統的な配置である。ベゼルは黒セラミックインサート付きの逆回転防止式で、グローブ越しでも操作できるよう深いギザが刻まれる。サービス性を考慮した4分割構造で、専門の修理工程で分解・再組立てが容易になるよう設計されている。
文字盤は純鉄製で、磁束密度16,000 A/mまでの強化耐磁性能 (JIS耐磁時計2種) を担保する。鉄を素材に選んだ時点で表面は通常の塗装ではなく機械加工によるテクスチャ表現となる。SBGH255の文字盤には鏡面研磨されたドットパターンが密に敷き詰められており、これは深海から立ち上る気泡を意匠化したものと公式に語られる。インデックスは夜光を内包し、針は教会の窓を思わせるカテドラル形状で先端に夜光を備える。10秒ごとの位置にも夜光が配されており、潜水時の経過時間視認を補助する。
時字とセコンドハンドにゴールドカラーのアクセントを差した配色は、他のグランドセイコー・ダイバーズと比較してもこのRef固有の選択である。1960年代後半の初期セイコー製プロフェッショナルダイバーズへの色彩的な参照として位置づけられている。
系譜と歴史
SBGH255は、2017年3月のバーゼルワールドにおいて、姉妹機SBGH257と共に発表された。両機はグランドセイコー初の飽和潜水対応プロフェッショナルダイバーズとして公開され、同年8月から正規販売店での販売が開始された。発表時の日本国内定価は本体1,000,000円 (税抜) 、米国定価は9,600ドルに設定された。
発表は、グランドセイコーがセイコーから独立したブランドとして再出発するという、同年の経営方針転換と同じタイミングで行われた。文字盤の銘記が「Grand Seiko」単独表記となったのもこの世代以降であり、SBGH255は新生グランドセイコーの初期ロットを代表する1本となった。
姉妹機のSBGH257は世界500本限定で生産された。ディープブルー文字盤と専用シリコンストラップを備え、米国定価は9,800ドルに設定された。一方の通常生産モデルSBGH255は、現在に至るまでグランドセイコー・スポーツコレクションの一員として継続生産されている。日本国内定価は消費税率の改定を経て1,100,000円 (税込) に推移している。
発表から現在に至るまで、ケース・文字盤・ムーブメントを含む主要仕様の公式な刷新は発表されていない。同ブランドのスポーツコレクションのプロフェッショナルダイバーズはその後、スプリングドライブ搭載のSLGA015 (2022年、200m防水) などエボリューション9形態の派生が加わったが、ハイビート搭載かつ600m飽和潜水仕様という枠組みでは、SBGH255が継続現行モデルとなっている。