設計思想
1. 2010年代初頭のTudorと再起戦略
2000年代後半のTudorは米国市場から事実上撤退しており、ブランドとしての存在感が希薄になっていた時期であった。その状況を打破するため、Tudorはダヴィデ・チェッラート(Davide Cerrato)をマーケティング・デザイン・製品開発の責任者に据え、2010年からはヴィンテージ意匠を現代的に再解釈するヘリテージ・ラインを段階的に展開していく。Heritage Chrono、Heritage Advisorと続く流れの中で、ダイバーズというTudorの本丸を担う一本として2012年のBaselworldに送り出されたのが、本機Ref.79220Rである。
2. 一本のオマージュではない、複合的なヴィンテージ参照
79220Rが特異なのは、特定の旧Refを直接復刻したのではなく、Tudor潜水時計史の異なる年代の要素を一つの意匠に統合した点にある。雪片状のスノーフレーク針は1969年に登場したRef.7016/7021、続く1970年代のRef.9401/9411に由来し、ガード無しの大型クラウンは1958年に登場した「ビッグクラウン」Ref.7924を想起させる。バーガンディのベゼルは1970年代以降の一部Tudorサブマリーナで採用された配色を引いたものとされる。文字盤6時側に湾曲して刷られた「ROTOR SELF-WINDING」の表記は1954年のRef.7922に由来し、これがロゴ位置のローズ印と相まって、所有者や愛好家から「smiley」の通称で呼ばれることとなった。
3. ブラックベイ・コレクションの起点として
79220Rは商業的にも批評的にも強い反響を得て、Tudorは2013年に米国市場へ正式に復帰する。本機の成功を踏まえ、Tudorは2014年にブルーベゼルのRef.79220B、2015年10月にブラックベゼルのRef.79220Nを追加し、79220ファミリーは三色構成となった。同ファミリーは2016年のBaselworldで自社製ムーブメントCal.MT5602を搭載するRef.79230世代に置き換えられ、生産を終える。5年弱の短い生産期間のあいだに、本機はその後10年以上にわたって続くブラックベイ・シリーズの形式と設計言語を決定づけた一本となった。
意匠分析
ケースは41mm径、厚さ13mm、ラグ間50mm、ラグ幅22mmのステンレススチール製で、上面はサテン仕上げ、ラグの稜線にポリッシュの面取りが入る。後継Ref.79230では自社製ムーブメントの厚みを収めるためにケースバックがわずかに盛り上がるが、本機のケースバックはフラットで、その分手首への当たりが薄く感じられる。クラウンガードを持たない大型のスクリューダウン式リューズにはTudorのバラ紋章が彫り込まれ、根元の固定チューブにはベゼル色と揃えたバーガンディ色のアルマイト処理が施される。
ベゼルは単方向回転式の60分目盛で、インサートにはマット仕上げのアルミニウム素材が用いられる。色はワインレッド寄りのバーガンディで、12時位置にはルミナス入りの逆三角形(俗にパールと呼ばれる)が嵌め込まれる。風防は中央がわずかに盛り上がるドーム型のサファイアクリスタルで、これも往年のサブマリーナを思わせる視覚的アクセントとなる。
文字盤は黒の塗りで、輪郭にわずかなドームが与えられ、ローズゴールド色の塗装を施したアプライドインデックスが配される。針はスノーフレーク型の太い時針と細い分針からなり、いずれもピンクゴールド色の縁取りに夜光が充填される。6時側の湾曲した「ROTOR SELF-WINDING」の刷り、12時のバラ紋章、ミニッツトラックは、すべてゴールド色のギルト印刷で統一される。
ブレスレットはRef.95740の三連オイスタータイプで、リンクの両側面にポリッシュ、上面にサテンの仕上げが入る。クラスプは盾形のフォールディング式で、Tudorの紋章モチーフが彫り込まれる。後継Ref.79230のブレスレットが擬似リベットの意匠を持つのに対し、本機の95740にはリベット表現がなく、より無地に近い面構成となっている。
系譜と歴史
Tudor Heritage Black Bay Ref.79220Rは、2012年3月のBaselworld 2012で初公開された。発表時点で価格はスチールブレスレット仕様(本機Ref.79220R-0001)がCHF 3,250、レザーストラップ仕様(Ref.79220R-0002)がCHF 2,950とされ、いずれにも追加の黒色ファブリックストラップが付属する構成であった。発表の翌2013年、Tudorは長らく離れていた米国市場への正規流通を再開し、本機はその米国再進出における旗艦的な商品の一つとなった。
2014年のBaselworldでは、同じ79220プラットフォームに青いベゼルを与えたRef.79220Bが追加され、二色構成となった。続いて2015年10月14日には、黒いベゼルを纏うRef.79220Nが発表され、三色構成となる。ただし79220Nの生産期間はきわめて短く、翌2016年のBaselworld 2016で全79220ファミリーは生産終了が告知された。
2016年3月、Tudorは自社製キャリバーCal.MT5602(70時間パワーリザーブ、シリコン製ヒゲゼンマイ、COSC認定)を搭載するRef.79230B/N/Rを発表し、79220世代を置き換えた。これに伴い文字盤のバラ紋章は盾紋章に、湾曲した「ROTOR SELF-WINDING」表記は二行の直線表記に改められ、ブレスレットには擬似リベット意匠が導入される。本機Ref.79220R-0001はおおむね2012年から2016年初頭までが生産期間にあたり、現在では新規供給は行われていない。