設計思想
基幹機が築いた土台
本機を理解するには、まず2021年5月に登場した基幹機M79210CNU-0001に触れる必要がある。マットブラックセラミックのモノブロックケースに、黒く仕上げられたCal.MT5602-1Uを収めたこのモデルは、チューダー初のMETASマスタークロノメーター認定機であった。精度に加えて15,000ガウスの耐磁性能を独立機関が保証するこの規格は、それまで事実上オメガの専有物であり、グループ外への拡大という点で業界の注目を集めた。ブラックベイ セラミックは以後、チューダーの技術的旗艦という役割を担うことになる。
モータースポーツ復帰とチーム専用機
2024年初頭、チューダーはVisa Cash App RB F1チームとのパートナーシップを発表し、約10年ぶりにモータースポーツへ復帰した。1960年代後半のチューダー・ウォッチ・レーシング・チームから、2015年まで冠スポンサーを務めたIMSAチューダー・ユナイテッド・スポーツカー選手権に至る系譜の再開である。その象徴として用意されたのが、チームカラーのブルーダイアルを備えたブラックベイ セラミックのチーム専用機だった。ダニエル・リカルドと角田裕毅の腕元で確認され、当初は市販されない仕様として話題を呼んだ。F1という最先端技術の競技に、ブランドで最も先進的な認定を持つ本作が選ばれたことには必然性があった。
市販化が示す抑制の美学
同年7月、この仕様はM79210CNU-0007として通常コレクションに加わった。注目すべきは、文字盤にもケースバックにもチーム名やロゴが一切記されない点である。提携を示すのはダイアルとステッチの青のみで、このブルーはVisaのロゴに使われる色調に揃えられたとされる。スポンサーシップを声高に語らず、色だけで関係を示すこの抑制は、コラボレーションモデルが氾濫する市場で本機を独特の位置に置いた。基幹機の黒一色に対し、唯一の色彩的変奏として、本機はセラミックラインの第2の柱を務めることになった。
意匠分析
本機の設計は、基幹機M79210CNU-0001の構成をほぼそのまま踏襲した上で、色彩の一点に変更を集中させている。41mmのミドルケースはマイクロブラスト仕上げのマットブラックセラミック製モノブロックで、サンドブラストされた面とミラーポリッシュの面取りが対比をなす。逆回転防止ベゼルはブラックPVD処理スチール製で、サンレイサテン仕上げの黒セラミックディスクに目盛りが刻印される。ここまでは基幹機と共通である。
相違の核心はドーム型のブルーダイアルにある。基幹機のマットブラックに対し、本機は深みのある青を採用し、アプライドのインデックスと1969年起源のスノーフレーク針にはスイス製スーパールミノバが充填される。黒のケースに青が浮かぶ構図は、黒地に黒という基幹機の没入的な配色と異なり、視認性の面でも明確な対比を生む。
ムーブメントは黒仕上げのCal.MT5602-1U。シリコン製ヒゲゼンマイと可変慣性テンプを備え、COSC認定に加えMETASマスタークロノメーター認定を受ける。日差0〜+5秒、パワーリザーブ70時間という性能はブラックPVDスチールのオープンケースバック越しに鑑賞できる。タングステン製の透かしローターも黒く統一される。
ストラップはレザーとラバーのハイブリッドで、基幹機との識別点としてブルーステッチが施される。付属のファブリックストラップも、基幹機のベージュ系ラインに対し本機ではブルーのラインに変更された。200m防水とねじ込み式リューズのチューダーローズ刻印は共通である。
系譜と歴史
本機の起点は2024年初頭にある。チューダーはVisa Cash App RB F1チームとのパートナーシップ発表に合わせ、ブルーダイアルのブラックベイ セラミックをチーム専用機として公開した。当初は市販予定のない仕様であり、ドライバーの着用例を通じてのみ存在が知られていた。
2024年7月、チューダーはこの仕様をM79210CNU-0007として正式に通常コレクション化し、一般販売を開始した。チーム専用機と同一の構成で、ハイブリッドストラップに加えブルーのラインが入ったファブリックストラップが付属する。同年11月にはラスベガスGPに合わせたユニークピースのブラックベイ セラミックが製作されるなど、F1提携を軸とした派生展開が続いた。
2025年もチームとの提携は継続し、本機はカタログに留まった。転機は2026年4月で、Watches and Wonders 2026にてフルセラミックブレスレットを備えた新世代のブラックベイ セラミックRef.7941A1ACNUが発表された。これに伴うラインアップ再編で、本機は2026年にディスコンとなったと伝わる。発表から約2年という短い生産期間は、F1提携という特定の文脈と結びついた本機の性格を裏づけている。