設計思想
1. 二つの記念年が重なった2023年
2023年は、デイトナにとって二重の節目であった。1963年のRef. 6239から60年目にあたり、ロレックスは同年春に新世代のデイトナを発表している。同じ年、1923年に始まったル・マン24時間レースが第100回大会を迎えた。
ロレックスは2001年から同レースのオフィシャル・タイムピースを務め、近年は優勝ドライバーに刻印入りのデイトナを贈ってきた。フロリダのサーキットに由来する名を持つ時計が、フランスの耐久レースで勝者の証となる。初代Ref. 6239が一部の広告で「Le Mans」の名で紹介されたとされる経緯も含め、両者の縁は浅くない。126529LNは、その縁を1本の時計として形にしたRefである。
2. 直系の前任を持たないRef
126529LNには、番号上の直接の前任がない。土台は同年に刷新された新世代デイトナである。なかでもホワイトゴールドの126509と、ホワイトゴールドにセラクロムベゼルを組む126519LNが最も近い親戚にあたる。ケースの骨格、3つのインダイヤルの配置、Cal.413x系の基本構造は、これらと連続している。
非連続なのは、記念の手法である。記念モデルの多くは、文字盤の色や刻印で差別化される。ロレックスは本機のために、時積算計を24時間表示とする専用キャリバーを用意した。24時間を走り切るレースを、積算計の1回転で計れるようにしたのである。記念の意味を計測機能そのものに置いたことが、このRefの核心といえる。
3. 自社の過去を引用するという判断
もう一つの特徴は、文字盤が1960年代のエキゾチックダイヤル(独特の書体と目盛を持つ、当時の一部デイトナの文字盤)を参照している点である。この意匠は後年、収集家の間で特別な位置を占めるようになった。ロレックスは長く、旧作への明示的なオマージュを避けてきたとされる。その同社が新作で自社の過去をここまで直接引用した例は少なく、発表時には驚きをもって受け止められた。
レース計時の道具として生まれたシリーズの原点を、耐久レースの節目に呼び戻す。60周年と100周年が重なった年だからこそ成立した選択と読める。
4. 系譜の起点として
本機は限定品ではなく、通常生産モデルとして発表された。しかし実際の生産期間は1年に満たず、結果として短命なRefとなった。その後、Cal.4132と文字盤・ベゼルの意匠は別の金素材へ受け継がれたとされる。イエローゴールドの126528LNと、エバーローズゴールドの126525LNである。
こうして126529LNは、一度きりの記念モデルではなく、素材を替えて続く「ル・マン」系譜の最初の1本となった。24時間積算計が1年限りの企画にとどまらなかった事実は、ロレックスがこの機構を長く使う前提で設計していたことをうかがわせる。
意匠分析
ケースは18Kホワイトゴールドのオイスターケースで、径40mmは同世代の標準モデルと共通である。一方で厚みは12.2mmとされ、標準モデルよりわずかに厚い。サファイアクリスタルのシースルーバックを備えるためとみられる。発表時点のデイトナで、裏蓋から機械が見えるのは950プラチナの126506と本機だけであった。
セラクロムベゼルを持つゴールド製デイトナは、同世代ではオイスターフレックス・ブレスレットとの組み合わせに限られていた。本機はそこに、3連ソリッドリンクのホワイトゴールド製オイスターブレスレットを合わせた。クラスプは折りたたみ式のオイスターロックで、約5mmのイージーリンク延長機構を備える。白い金属、黒いセラミック、黒い文字盤が並ぶ外観は、ほぼモノトーンに収まる。
ベゼルはモノブロック構造の黒いセラクロムで、外縁にはケースと同じ金属の細いリングが回る。タキメーター目盛の数字は彫り込まれ、PVDによるプラチナの薄膜で覆われている。ただし7時位置付近の「100」だけは、赤いセラミックで満たされた。記念の印を印刷や別部品で足すのではなく、既存の目盛の一つに色を与える方法である。赤い「100」は、速度を読む目盛としてもそのまま機能する。
文字盤はサンレイ仕上げのブライトブラックで、3つのインダイヤルには白を配した。黒地に白の積算計を置く、いわゆるリバースパンダの配色である。インダイヤルの目盛や数字の書体は、1960年代のRef. 6239などに見られたエキゾチックダイヤルを想起させる。インデックスと針は18Kホワイトゴールド製で、青く光るクロマライト夜光を備える。
最大の違いは9時位置の積算計である。標準モデルの12時間積算計に代わり、1周で24時間を計る。これを担う自社製Cal.4132は、Cal.4131を基にしている。クロナジー・エスケープメント(エネルギー効率を高めた自社脱進機)や青いパラクロム・ヒゲゼンマイといった構成は、そのまま引き継がれた。加えられたのは、時積算計の輪列の回転を半分に落とす遊星歯車式の減速機構である。7つの部品から成り、特許で保護されている。受けの形状を変えずに組み込める設計で、ムーブメントの寸法も変わらないとされる。裏蓋越しには、研磨線を挟んだロレックス独自のコート・ド・ジュネーブ装飾と、18Kイエローゴールドの透かしローターがのぞく。
系譜と歴史
126529LNの前史は、発表よりかなり前にさかのぼる。Cal.413x系の受けを変えずに24時間積算計を組み込む遊星歯車式の機構は、2020年の時点ですでに特許出願されていたとされる。2023年3月末のWatches and Wondersでは、新世代のデイトナ(126500LNほか)とCal.4131が発表された。本機が姿を現すのは、その約2か月後である。
2023年6月10日から11日にかけて、第100回ル・マン24時間レースがサルト・サーキットで開催された。2001年から同レースのオフィシャル・タイムピースを務めるロレックスは、この大会にあわせて本機を発表している。年次見本市の会期外に新作を出すのは、同社としては異例の判断であった。表彰台では、ナンバー51のフェラーリAFコルセの優勝ドライバーに刻印入りのコスモグラフ デイトナが贈られた。手渡したのはロレックス・テスティモニーのトム・クリステンセンである。この授与モデルも本機と同仕様であったと伝わる。
発表時の位置づけは限定生産ではなく、正規販売店で扱う通常生産モデルであった。ただし供給量は当初から限られていたとされる。生産期間中に文字盤やブレスレットの仕様が改められたという報告は見当たらない。
2024年4月、Watches and Wonders 2024の会期にあわせて、本機はロレックスのカタログから外れた。発表からおよそ10か月であり、通常生産モデルとしては異例に短い生産期間である。
ほぼ同時期に、イエローゴールドの126528LNが公式カタログに載らない形で登場したとされる。さらに2025年4月頃には、エバーローズゴールドの126525LNへ置き換わったと伝えられる。いずれもCal.4132と赤い「100」のベゼル、白いインダイヤルを受け継いでいる。プレスリリースを伴って発表されたのは、ホワイトゴールドの本機のみとされる。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。