設計思想
1. 16年ぶりの刷新が求めたもの
2016年まで、ステンレスのデイトナは2000年発表のRef. 116520が16年にわたって担っていた。デイトナとして初めて自社製ムーブメントを積んだ116520は、機械面では実績を重ねていたが、外装には課題が残っていた。タキメーターを刻んだ研磨仕上げのスチールベゼルは傷が目立ちやすい。再研磨すれば刻印が浅くなることも、所有者のあいだで弱点として語られてきた。
その間、ロレックスはスポーツモデルのベゼルを自社開発のセラミック素材セラクロムへ移していた。起点は2005年、イエローゴールド製のGMTマスターIIである。サブマリーナやGMTマスターIIのステンレスモデルが先にセラクロムを得るなか、ステンレスのデイトナは金属ベゼルのまま残された。デイトナへの導入も貴金属モデルが先行した。2011年のエバーローズゴールド製Ref. 116515LN、2013年のプラチナ製Ref. 116506がそれにあたる。116500LNは、この流れがようやくステンレスに届いた地点に立つ。
2. 変えたもの、変えなかったもの
116500LNの変更は、ベゼルと文字盤の配色にほぼ集約される。機械的な中身と40mmのケース径は前任をそのまま引き継ぎ、ロレックスは外観の刷新に的を絞った。
それでも印象の変化は大きかった。黒いベゼルは、1965年のRef. 6240に始まる黒いアクリル製ベゼルの系譜を思い起こさせる。発表時の専門メディアも、この新作を1965年のモデルへの視覚的な参照として受け止めた。技術的には最新の素材でありながら、見た目は1960年代のオイスター・デイトナに近づく。耐久性の改善と過去の意匠への回帰が、同じ一つの変更で同時に果たされた点に、このRefの性格がある。
3. 前後の世代のあいだで
116500LNの位置は、前後の世代と並べたときにはっきりする。前任116520はスチールベゼル、後継の126500LNはセラクロムの外周に細い金属の枠を加えた。縁取りのない全面セラミックのベゼルを持つステンレスのデイトナは、この世代に限られる。Cal.4130を積んだステンレスのデイトナとしても、本機が最終世代にあたる。
後継の126500LNは2023年、デイトナ誕生60周年の節目に登場した。新しいCal.4131と刷新されたケースを備える。ただし、黒いセラクロムと白黒2種の文字盤という構成は116500LNから引き継がれた。本機が7年間で定めた組み合わせは、次の世代の前提にもなった。
同世代の兄弟機としては、グレーのカウンターを合わせた黒文字盤の116500LN-0002がある。また、金無垢ケースに黒のセラクロムを組み合わせた116515LNなどの貴金属モデルが並行して生産されていた。
意匠分析
ベゼルは、黒のセラクロムを一体成形したモノブロック構造である。セラクロムは傷がつきにくく、紫外線で退色しない。タキメーター目盛は焼成前のセラミックに型で成形され、1,500℃で焼き固められる。その後、PVD(物理蒸着)でプラチナの薄膜を被せ、目盛を浮かび上がらせる。この一体ベゼルは風防をミドルケースに押さえる役も兼ね、防水性にも関わる。金属の縁取りはなく、黒いセラミックが外縁までを占める。
ケースは、ステンレスのデイトナが受け継いできた非対称の造形を保つ。9時側のラグを3時側よりわずかに太くし、右側に集まるリュウズとプッシャーの視覚的な重さと釣り合わせる設計とされる。細く尖ったラグと、ケース側面より外へせり出すベゼルが、装着時の輪郭を引き締める。この造形は2023年の世代交代で改められ、以後のデイトナは素材を問わず太いラグに揃えられた。
-0001の白文字盤はラッカー仕上げで、3つのカウンターには黒のスネイル仕上げ(同心円状の細かな筋目)が施される。前任116520の白文字盤にはなかった黒のカウンターが、黒のベゼルと呼応する白黒の構図をつくった。収集家のあいだで「パンダ」と通称されるのは、この配色による。インデックスと針は18Kホワイトゴールド製で、青く発光するクロマライト夜光を備える。6時カウンター上の赤い「DAYTONA」は歴代の意匠を踏襲した。外周の秒目盛は1秒を5分割する刻みのままで、1/8秒単位で進むクロノグラフ秒針とは一致しない。1/5秒計時だった時代の名残とされる。
ムーブメントは自社製のCal.4130である。クロノグラフはコラムホイールと垂直クラッチで制御され、調速機にはロレックスが特許を持つパラクロム製の青いヒゲゼンマイを用いる。パラクロムは磁気や温度変化の影響を受けにくい合金である。ブレスレットはセンターリンクをポリッシュで仕上げたオイスターブレスである。オイスターロック・クラスプと、工具なしで約5mm延長できるイージーリンクを備える。
系譜と歴史
116500LNは2016年3月、スイス・バーゼルの時計見本市、バーゼルワールド2016で発表された。文字盤は発表時から白と黒の2種が用意された。ロレックスの型番体系では、白が116500LN-0001、黒が116500LN-0002として区別される。両者は同じリファレンス番号を共有し、違いは文字盤とカウンターの配色に限られる。発表時の素材表記は904Lスチールであった。
発表と同時に、本機は前年にロレックスが定めた新基準「Superlative Chronometer」の認定対象となった。COSC認定に加え、ケーシング後の完成品で日差±2秒以内を自社検査で確かめるもので、保証期間も5年とされた。
2018年、ロレックスは自社の904Lスチールを「オイスタースチール」の名で呼び始め、本機もこの名称で案内されるようになった。生産期間中、外装や文字盤についてロレックスが公表した仕様変更は確認されていない。Cal.4130には公表されない細かな改良が長年のあいだに加えられてきたとされるが、その範囲は明らかでない。公式ラインナップにおけるステンレス仕様は最後まで白と黒の2種で、限定版や地域限定の設定はなかった。
2023年3月、ジュネーブでWatches and Wonders 2023が開かれた。デイトナ誕生60周年にあたるこの年、ロレックスは後継のRef. 126500LNを発表する。これをもって116500LNは生産を終え、約7年の生涯を閉じている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 専門メディア Rolex Movements Explained: Every Caliber Worth Knowing
- 02 専門メディア Rolex Movements