設計思想
1. 時刻表示のみの刷新から2年
エスカルは2024年、時刻表示のみの構成でリニューアルされた。トランクの金具を写したラグを軸に、設計言語を整え直すための再出発である。その2年後、2026年1月のLVMHウォッチウィークで、コレクションは複雑機構の領域へ踏み出した。4つの新キャリバーと5つの新作のうち、まったく新しい機構として登場したのがツインゾーンである。
ツインゾーンが向き合ったのは、旅の時計が長く残してきた空白である。ワールドタイムは24の標準時を一望させ、デュアルタイムは2つの時刻を簡潔に示す。しかしどちらも、協定世界時との差が30分や45分の地域には応えきれなかった。一般的なGMT機構は時針を1本加えるだけで、分針は2つの時刻で共有されるからである。
2. 同時に生まれた2つの版
ツインゾーンは、ローズゴールドのW3PG71とプラチナの本機W3PT61の2本で幕を開けた。直接の前任にあたるRefはなく、両者はともに機構の初代である。ムーブメントと表示方式は共通で、異なるのは素材、文字盤、装飾、そしてケース径である。
公式資料は本機を、プラチナ製のハイジュエリー・エディションと位置づける。ローズゴールド版は銀色の地球儀文字盤で、機構を穏やかに見せる。対して本機は、アベンチュリンと計302石のダイヤモンドで同じ機構に夜空の装いを与えた。ウォッチ部門ディレクターのジャン・アルノーは、ツインゾーンを「10年前の複雑機構」へのひねりと表現する。そのひねりを加えたのは、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンの時計師ミシェル・ナバスとエンリコ・バルバシーニだという。
3. 宝飾時計としての二面性
ルイ・ヴィトンは刷新後のエスカルでも、プラチナとバゲットダイヤモンドによる宝飾仕様を用意してきた。オニキス文字盤のW3PT31がその例で、こちらは時刻表示のみの構成だった。本機は、その宝飾の系譜に旅の複雑機構を持ち込んだ。
この組み合わせを成立させているのが、スケルトン針を隠せる構造である。2組の針を重ねれば、文字盤は時刻表示のみの時計と同じ静けさを取り戻す。自宅では宝飾時計として、旅先では分単位のデュアルタイムとして振る舞う。1本の中で役割が切り替わる点に、このRefの性格がある。
4. ツインゾーンの広がり
同じ発表では、ワールドタイム機構を積むプラチナ製のW3PTA1も登場した。本機のCal.LFT VO15.01は、そのCal.LFT VO12.01と基礎を共有するとされる。ワールドタイムは24の都市を同時に示し、ツインゾーンは任意の2地点を分単位で示す。同じ旅の主題に対する、異なる解答である。
ツインゾーンの展開は、2026年9月時点でも始まったばかりである。カタログ上の2本に加え、カタログ外のローズゴールド仕様の存在も伝えられている。手描きの地図文字盤と、サファイアをセットしたベゼルを備えるとされる。
意匠分析
プラチナケースの直径は41mmで、同じ機構のローズゴールド版W3PG71より1mm大きい。厚さは同じ12.52mmにとどまる。ベゼルとケース側面には、計170石のバゲットダイヤモンドが留められる。ケースバンドには、爪を見せずに石を並べるインビジブルセッティングが3列含まれる。39mmの標準的なエスカルに対し、宝飾仕様のW3PT31も40.5mmとされる。径の拡大は、石留めに必要な肉厚に対応した処理とみられる。
通常のエスカルは、ポリッシュのベゼルとサテンのケース側面、手仕上げのラグで表情を切り替える。本機ではベゼルと側面が石に置き換わり、金属の仕上げの対比はトランク金具を写したラグに集約された。リューズの頂部には、ローズカットダイヤモンドが1石据えられる。
文字盤の中心は微細な粒子がきらめくアベンチュリンで、経線と緯線が彫り込まれて地球儀を描く。これを120石のバゲットダイヤモンドを並べた外周のフランジが囲み、時刻の位置はブルーのスタッズが示す。ローズゴールド版では、トランクの鋲を思わせる金のスタッズが置かれた場所である。12時位置のデイ&ナイト表示はオパラインとブルーラッカーで仕上げられ、地球儀の北極にあたる位置でホームタイムの昼夜を示す。
針は時・分の2組とも18Kホワイトゴールド製である。ローカルタイムを実体の針、ホームタイムを透かし彫りのスケルトン針が受け持つ。透かしの奥にアベンチュリンのきらめきが覗き、2組の役割が視覚的に分かれる。
操作はすべて2段引きのリューズで行う。標準時の間の移動では現地の時針を1時間単位で前後に送り、端数のある時差にはスケルトンの分針を独立して合わせる。公式資料によれば、15分単位と30分単位の調整機構が組み込まれている。
ムーブメントは、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンが開発した自動巻きのCal.LFT VO15.01。部品数は201、パワーリザーブは68時間である。ワールドタイム用のCal.LFT VO12.01より6時間長い設定となる。ポリッシュ仕上げの裏蓋にはサフランカラーのサファイアが1石留められ、プラチナケースの印となる。11石のバゲットダイヤモンドを留めたプラチナ製フォールディングバックルは、W3PT31と同じ仕様である。
系譜と歴史
W3PT61は2026年1月、ミラノで開かれたLVMHウォッチウィーク2026で発表された。エスカルの新作5作が同時に公開され、本機はローズゴールドのW3PG71とともにツインゾーンの初出を担った。搭載するCal.LFT VO15.01も、このとき初めて披露された新キャリバーである。
日本では同年2月5日、ルイ・ヴィトン ジャパンが5作を正式に告知した。日本語名は「エスカル ツインゾーン ダイヤモンド」とされた。発表文は5作をパーマネント・コレクションへの追加と説明している。一方、日本向けの仕様資料と香港の公式サイトでは、本機は限定モデルと表記される。生産数は公表されておらず、限定の範囲は明らかでない。発表直後の一部報道では直径40mm、パワーリザーブ62時間とする記載も見られたが、公式仕様は41mmと68時間である。
2026年9月時点で、本機は英国や米国の公式サイトに新作として掲載されており、現行品である。発表から1年足らずのため、生産期間中の仕様変更や派生Refは確認されていない。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。