ティエリー・スターン
パテック フィリップの4代目社長。創作部門の責任者を経て2009年に経営を継ぎ、キュビタスの意匠にも自ら関わった経営者
- BORN
- 1970年
- DIED
- 存命
- BRAND
- パテック フィリップ — 1839年創業
概要
ティエリー・スターン(Thierry Stern、1970-)は、ジュネーブの時計メーカーパテック フィリップの社長である。1932年に同社を取得したスターン家の4代目にあたり、2009年8月末に父フィリップ・スターンから社長職を引き継いだ。1998年に創作部門の責任者となり、社長に就いてからも製品の意匠と機構の決定に深く関わっている。創業175周年にはグランドマスター・チャイムを披露し、2021年にはノーチラス Ref. 5711/1A の生産終了を決めた。2024年には、自ら意匠を手がけた新コレクション「キュビタス」を送り出している。
生涯
01実地で学んだ修業時代
ティエリー・スターン(Thierry Stern)は1970年に生まれた。父フィリップ・スターンは、1932年にパテック フィリップを取得したシャルル・スターンの孫にあたる。スターン家では、後継者が社内の部署を順に回りながら実地で仕事を覚える。スターンも1990年からこの道を歩み始めた。
ジュネーブのビジネススクールで学んだ後、ジュネーブの時計学校にも通ったとされる。入社後はまず販売の仕事に就き、ドイツの販売店で働いた。続いて米国に渡り、祖父アンリ・スターンが設立した販売会社 Henri Stern Watch Agency で経験を積んだ。父フィリップも1960年代に同じ会社で働いており、米国での修業は一族に共通する経歴である。
帰国後は生産の現場に移った。1997年から1998年にかけては、ベネルクス市場の責任者を務めている。販売と製造と市場の管理を一通り経験してから本社に戻る、という順序をたどった。
02創作部門から副社長へ
1998年、スターンはジュネーブに戻り、創作部門の責任者に就いた。新製品の企画と意匠をまとめる部署である。この役職は、のちの社長時代にも彼の仕事の軸として残ることになる。
創作部門を率いながら、スターンは経営判断にも加わるようになった。2000年代には副社長となり、父の下で事業戦略に関わった。副社長に就いた年は資料によって異なり、2003年とするものと2006年とするものがある。
034代目社長として
2009年8月末、スターンは父の後を継いで社長に就き、取締役会長も兼ねた。父フィリップは名誉会長として経営委員会に残った。同じ年には自社の品質基準「パテック フィリップ・シール」が導入され、父子でその要件を成文化したとされる。同社がそれまで受けてきたジュネーブシールは、この自社基準に置き換えられていった。
社長として初めて大きな公の場に立ったのは、同年11月のパリである。ヴァンドーム広場のサロンの改装を祝う席で、スターンは Ref. 7071 を披露した。女性用の「レディース・ファースト・クロノグラフ」である。搭載されたのは、同社が初めて完全に自社で開発した手巻きクロノグラフ用キャリバー CH 29-535 PS である。新しい基幹ムーブメントを男性用より先に女性用の時計で発表したことは、当時の驚きとして伝えられている。
04父の死と次の世代
2023年、スターンは父の85歳を祝い、ミニッツリピーターにアラームを組み合わせた限定30本の Ref. 1938P を製作した。エナメル文字盤に父の肖像を描き、ケースの内側には息子から父への献辞を刻んでいる。2026年6月14日、フィリップ・スターンは死去した。
次の世代への継承も始まっている。2024年のキュビタス発表の場には、同社で働き始めた長男が同席した。スターンは息子の入社について、誰かに強いられたものではなく本人の決断だったと語っている。
業績・代表作
01製品を決める社長
スターンの仕事を貫いているのは、経営者でありながら製品の意匠と機構の決定に直接関わる姿勢である。1998年から創作部門を率い、社長に就いた後もその立場を手放していない。2024年10月17日にミュンヘンで発表された新コレクション「キュビタス」は、その姿勢をはっきり示した例である。
キュビタスは、1999年のトゥエンティ4以来となる同社の新しいコレクションだった。角を丸めた正方形のケースに、水平のエンボス模様を入れた文字盤を組み合わせる。スターンはインタビューで、意匠は自分が100%、ムーブメントは60%ほどを手がけたと語っている。デザイン学校に通った経験はなく、製品とともに育つなかで感覚を身につけたとも述べている。発表の前後にはSNS上で否定的な反応が相次いだが、本人は動じない姿勢を見せた。
スターンが社内で立ち会った新コレクションの誕生は三つにとどまる。本人によれば1997年のアクアノート、1999年のトゥエンティ4、そしてキュビタスである。一つのコレクションを加えることの重さを、彼は繰り返し口にしている。
02音へのこだわり
2014年の創業175周年に際し、スターンはジュネーブの記念行事でグランドマスター・チャイム Ref. 5175を披露した。表と裏に二つの文字盤を持ち、20の機能を備える腕時計で、製作数は7本に限られた。スターンはこれを7年にわたる仕事の成果だと紹介している。
この時計で初めて腕時計に載った機能の一つが、日付を音で知らせるデイトリピーターである。同社の発表資料によれば、着想は顧客とスターンの会話から生まれ、関連特許の発明者にもスターンの名が記されているとされる。
同社のミニッツリピーターは、出荷前にスターン自身が音を聴いて承認する。父と祖父から受け継いだ手順である。
03一つのモデルにブランドを預けない
2021年2月、スターンはスチール製のノーチラス Ref. 5711/1Aの生産終了を自ら説明した。2006年から作られてきたこのモデルは、販売店の待機名簿が10年を超えるとも言われる状態にあった。スターンはスイスと米国の新聞の取材に応じ、その理由を説明している。一つのモデルがコレクションの半分以上を占め、同社の印象を左右する事態は望まないという。守るべきは一つの製品ではなくブランド全体だ、という趣旨の発言も伝えられている。
同じ年には、オリーブグリーン文字盤の Ref. 5711/1A-014が最後の仕様として発表された。終了の判断は2019年のバーゼルワールドの時点で下していたと、スターンは語っている。人気の頂点にある製品を自ら退かせたこの決定は、業界で広く議論を呼んだ。
04顧客と職人に開かれた場
2012年のドバイを皮切りに、同社は「ウォッチアート・グランド・エキシビション」を各地で開いてきた。ミュンヘン、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールを経て、2023年6月には東京で6回目が開かれた。2026年10月にはミラノで7回目が開かれた。同社の公式な人物紹介は、この展覧会をスターンが創設したものとしている。スターンは展覧会の目的を、販売ではなく顧客と販売店への感謝、そして若い世代への教育だと説明している。
生産の面では、ジュネーブ郊外プラン・レ・ウアットの新棟「PP6」を完成させた。2015年に着工し、2020年初めに本格的に稼働したこの建物に、それまで分散していたジュネーブの工房が集められた。父が1996年に開いた工房に続く拡張だが、スターンは生産本数を増やすためのものではないと述べている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 "Watch Art" Grand Exhibitions
- 02 公式 Patek Philippe Cubitus Collection
- 03 公式 Patek Philippe Grandmaster Chime Ref. 5175 (press release, October 2014)
- 04 公式 The Patek Philippe Sound
- 05 公式 The Stern Family
- 06 報道 Familie Stern: Die Jungen, die Patek Philippe übernehmen werden
- 07 報道 Uhren: Thierry Stern von Patek Philippe über die neue Kollektion
- 08 報道 Patek Philippe Marks 175th Anniversary with Rare Timepieces
- 09 報道 Patek Philippe celebrates its 175th anniversary
- 10 報道 This is the new Patek Phillipe production building
- 11 報道 Inside Patek Philippe’s Watch Art Grand Exhibition 2026
- 12 専門メディア Patek Philippe Nautilus: Beyond blue
- 13 専門メディア Patek Philippe's manual chronograph calibres
- 14 専門メディア Patek Philippe: Operation Cubitus
- 15 専門メディア Patek Philippe: a tribute to Philippe Stern (1938–2026)
- 16 専門メディア New Patek Philippe Building
- 17 専門メディア Patek Philippe - Thierry Stern President
- 18 専門メディア Patek Philippe Unveils Seven Italian Exclusives In Milan
- 19 専門メディア Thierry Stern On Why Patek is Stopping the 5711
- 20 専門メディア Thierry Stern, President of Patek Philippe, On The Tokyo Grand Exhibition
- 21 専門メディア Insight: Updated Criteria for the Patek Philippe Seal
- 22 専門メディア Patek Philippe Pays Tribute to Philippe Stern with the Minute Repeater Alarm Ref. 1938P
- 23 専門メディア Interview mit Patek Philippe Präsident Thierry Stern zur neuen Cubitus Kollektion
- 24 専門メディア Ladies first
- 25 専門メディア Mr Philippe Stern – Honorary President of Patek Philippe
- 26 専門メディア Thierry Stern