フィリップ・スターン
パテック フィリップを率いたスターン家3代目。クォーツ危機に機械式へ賭け、キャリバー89と美術館を残した経営者
- BORN
- 1938年
- DIED
- 2026年
- BRAND
- パテック フィリップ — 1839年創業
概要
フィリップ・スターン(Philippe Stern、1938-2026)は、ジュネーブ生まれのスイスの時計会社経営者である。1932年にパテック フィリップを取得したスターン家の3代目にあたる。1977年に総支配人、1993年から2009年まで社長を務めた。クォーツ危機のさなかも機械式時計への投資を続け、創業150周年の1989年に33の複雑機構を備えるキャリバー89を発表した。社長時代には製造拠点の集約とパテック フィリップ・ミュージアムの開館を進め、自社の品質基準を制定した。2009年に息子ティエリーへ社長職を譲り、2026年6月14日に死去した。
生涯
01一族の会社へ
フィリップ・スターン(Philippe Stern)は1938年、ジュネーブに生まれた。祖父シャルル・スターンは弟ジャンとともに文字盤製造を営み、1932年にパテック フィリップを取得した。父アンリ・スターンは1958年から1993年まで同社の社長を務めている。
スターンは経済学と商学を修めた後、一族の慣例に従い、社内の下積みから歩み始めた。1963年から1966年までは、父が米国に設立した販売会社 Henri Stern Watch Agency に在籍した。ニューヨークで時計販売の実務を経験している。
米国での仕事を通じて、スターンは同社の歴史に関心を寄せる収集家の層に気づいたと語っている。当時の社内には、陳列棚に数十点の懐中時計がある程度だったという。彼はこの頃から、各時代の同社製品を機会のあるごとに買い集め始めた。1966年にジュネーブへ戻ると、社内の複数の部署で経験を重ねた。
02クォーツ危機と総支配人
1970年代、スターンは社長である父の下で経営への関与を強めた。1977年には総支配人に就いている。スイスの時計産業が、クォーツ式時計の台頭で深刻な不況に陥っていた時期である。
機械式時計は役目を終えたとする見方が広がるなか、スターンはそれに与しなかった。手仕事と希少性を求める顧客は残ると考え、機械式への投資を続けたとされる。大手グループへの統合が相次ぐ業界で、独立を保ったまま生産を伸ばす方針も取った。
この方針を形にしたのが、1980年前後に始まった超複雑懐中時計の開発である。9年をかけたこの計画は、創業150周年の1989年にキャリバー89として結実した。
03社長としての16年
1993年、スターンは父の後を継いで社長に就いた。彼が重視したのは、一族経営の会社の財務と技術の独立を守ることだった。その手段として、生産の垂直統合を進めている。
1996年には、ジュネーブ市内の複数の拠点に分かれていた工房を、郊外プラン・レ・ウアットの新工場に集めた。2001年11月には、長年の収集品を公開するパテック フィリップ・ミュージアムを開いている。
2009年、スターンは息子ティエリーとともに、同社の時計に求める要件を自社の品質基準として成文化した。これが「パテック フィリップ・シール」である。同じ年、社長職をティエリーに譲り、名誉会長となった。
04名誉会長として
名誉会長となった後も、スターンは会社の歩みを見守り、ミュージアムの運営を監督し続けた。2011年には、ラ・ショー=ド=フォンの国際時計博物館が贈るガイア賞を、企業家部門で受けている。
2019年の専門誌のインタビューでは、2015年に決めた新工場棟の建設を、自分が下した最後の決定だったと語っている。スターンは2026年6月14日に死去した。
業績・代表作
01キャリバー89と再現できる複雑機構
スターンの仕事を貫くのは、伝統の技を保存し、それを再現できる技術に置き換えて次代へ渡すという考え方である。その起点がキャリバー89だった。開発は、技術責任者マックス・シュトゥーダーの提案をスターンがその場で承認して始まったと伝わる。
9年をかけて完成した懐中時計は、33の複雑機構を備えていた。発表は創業150周年の1989年である。同社の追悼文は、その後25年以上にわたり、これが携帯時計として最多の機構を備えた時計だったと記している。
スターン自身は、この計画の意義を機構の数よりも作り方の転換に置いている。1950年代末まで、同社の鳴り物の多くはジュー渓谷から仕入れたムーブメントを基にしていた。熟練の時計師が1点ずつ調整して仕上げる方式である。図面はほとんど残っていなかったという。キャリバー89では設計部門を設け、寸法と工程を図面に起こして、複雑機構を正確に再現できるようにした。
彼はまた、技術者たちが古い時計の資料と図解を読み込んだことが開発を支えたと語っている。この計画は、同社のグランドコンプリケーションの系譜を立て直す起点にもなった。
02コレクションの間口を広げる
同社の追悼文は、1976年のノーチラス投入をスターンの功績の一つに挙げている。金製の時計を主力としてきた同社が、新しい顧客層に向けて出したスチール製のスポーツウォッチである。スターンがジェラルド・ジェンタと協力して開発したとする資料もある。
社長時代の1996年春には、Ref. 5035 でアニュアルカレンダーを発表した。30日と31日の月を判別し、日付の補正は年に1度で済む機構で、同社が特許を取得している。永久カレンダーより扱いやすい実用的な複雑機構として、のちに同社の主要な系列に育った。
03製造の集約と自社の基準
1996年に稼働したプラン・レ・ウアットの工場は、市内に分散していた生産を一つの建物にまとめた。品質の管理を自社の手に収めるための垂直統合の中核である。この地区はのちにジュネーブの時計製造の集積地となり、同社はその先駆けとなったとされる。
社長在任中の2005年には、新しい技術と素材を専門に研究する「アドバンスト・リサーチ」が始動した。この取り組みからシリコン素材の部品の実用化が進んだ。2005年から2008年には、その成果を載せたアニュアルカレンダーの限定モデルが3作出ている。
2009年のパテック フィリップ・シールは、評価の対象をムーブメントの仕上げの外へ広げた。精度やケース、文字盤、生涯にわたる修理の約束までを含む。外部の検定に頼らず、自社の要件を自ら定めて公にした点に、独立を重んじた経営の考え方が表れている。
04技と記録を手放さない
需要が落ちた分野でも、スターンは職人の仕事を絶やさなかった。売れ行きが鈍い時期にも、希少な装飾工芸の時計を職人に発注し続けたとされる。本人によれば、1965年頃にはドーム型の置時計の在庫が100点ほどあり、買い手がつかなくても製作を続けた。エナメル職人に仕事を回し、その技を途絶えさせないためだったという。
1839年の創業以来の製造台帳、書簡、図面、広告も、クォーツの時代に処分せず保管を続けた。
この姿勢は宣伝にも表れた。1996年秋に始まった広告「ジェネレーションズ」は、製品ではなく、時計を次の世代へ受け渡す持ち主の姿を描いた。同じ年に創刊された所有者向けの『パテック フィリップ・マガジン』は、スターンの発案とされる。
評価・後世への影響
01公開された収集
スターンの遺したもののうち、一般の人々が直接触れられるのがパテック フィリップ・ミュージアムである。建物はジュネーブのプランパレ地区、ヴュー=グルナディエ通りにある。1919年から1920年にかけて建てられた工房建築を改修し、2001年11月に開館した。
収蔵品は約2,500点に及ぶ。16世紀から1839年までの時計史を古い時計でたどり、それ以降を同社の製品で続ける構成である。8,000点を超える蔵書も備える。スターンは展示の数を絞り、解説の文章をすべて自ら読み直したと語っている。
同社の創業150周年にあたる1989年には、競売会社アンティコルムが、同社の時計だけを扱う初のテーマ型オークションを開いた。スターンはこの競売を企画した人物を、時代の先を見た人として振り返っている。
02次の世代へ
2009年に社長を継いだティエリー・スターンは、2023年に父の85歳を記念する Ref. 1938P を発表した。ミニッツリピーターにアラームを組み合わせ、エナメルの文字盤に父の肖像を描いた時計である。
スターンの死は、2026年6月に同社から公表された。専門メディアの SJX は追悼記事で、機械式時計をめぐる今日の文化は1977年の時点で約束されたものではなかったと書いた。そのうえで、方針を守り通した彼の判断が、のちに続いた各社の選択に信用を与えたと評している。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Patek Philippe celebrates the 20th anniversary of its “Generations” campaign and of the Patek Philippe Magazine
- 02 公式 The Stern Family
- 03 専門メディア An exclusive interview with Philippe Stern
- 04 専門メディア Patek Philippe celebrates over ten years of success with its famous “Generations” advertising campaign
- 05 専門メディア Patek Philippe: a tribute to Philippe Stern (1938–2026)
- 06 専門メディア The Patek Philippe Museum Celebrates Its 20th Anniversary
- 07 専門メディア Watch auctions: three decades of a legend (Part I)
- 08 専門メディア Prix Gaïa 2011 : les trois nominés sont Pierre-Yves Donzé, Philippe Stern et François Junot
- 09 専門メディア In-Depth: Patek Philippe Calibre 89
- 10 専門メディア Obituary: Philippe Stern, Pivotal Leader of Patek Philippe
- 11 専門メディア Patek Philippe Minute Repeater Alarm Ref. 1938P (Philippe Stern 85th birthday)
- 12 専門メディア Patek Philippe in the Modern Era: The Rise to the Top
- 13 専門メディア A Closer Look at Patek Philippe’s Annual Calendar
- 14 専門メディア Le prix Gaïa décerné à Philippe Stern
- 15 専門メディア Mr Philippe Stern – Honorary President of Patek Philippe