ダニエル・ロート
ブレゲの懐中時計の意匠を腕時計へ移し、ダブル・エリプスのケースで独立した、1945年ニース生まれの時計師
- BORN
- 1945年
- DIED
- 存命
- BRAND
- ブレゲ — 1775年創業
概要
ダニエル・ロート(Daniel Roth、1945年生まれ)は、ニース生まれのフランス人時計師である。スイスのヴァレ・ド・ジューで腕を磨き、1975年からブレゲの再建に加わった。創業者の懐中時計を下敷きにした腕時計を次々に手がけ、現代ブレゲの様式を形づくる。1988年に独立し、二つの楕円を重ねたようなダブル・エリプスのケースを署名とする自らのブランドを興す。その名は後に人手に渡ったが、本人は家族とともに2分トゥールビヨンを作り続けている。1990年代の独立時計師の先駆けの一人に数えられる。
生涯
01ニースからヴァレ・ド・ジューへ
ダニエル・ロート(Daniel Roth)は1945年、南仏ニースに生まれた。一家はスイスに根を持ち、ニースで時計を商っていた。手先の器用な少年は地元の時計学校に進み、時計づくりの基礎を身につけている。
学業と兵役を終えたロートは、スイスの時計産地ヴァレ・ド・ジューへ渡った。ジャガー・ルクルトに短く在籍したのち、オーデマ ピゲで7年を過ごす。当時の同社は小所帯で、ロートはここで薄型時計と複雑機構の仕事を覚えたとされる。
02ブレゲ再建の時代
1970年、パリの宝飾商ショーメ兄弟がブレゲを取得した。名門の面影はわずかに残るのみで、兄弟は再建の担い手を探していた。ロートは1975年にブレゲへ移り、ブランドを率いたフランソワ・ボデとの協働が始まる。
着任に先立ち、ロートは1年以上をかけて創業者の作品と記録を調べたと伝わる。1970年代半ばに工房がパリからヴァレ・ド・ジューへ移されると、ロートはその技術と意匠の中心を担った。ショーメ兄弟は趣味がよく、自由に時計を作らせてくれたと、本人は振り返っている。
1980年代後半、ショーメ兄弟は事業に行き詰まり、ブレゲは投資会社インベストコープに売却された。後ろ盾を失ったロートは、自らの名で時計を作る道を選ぶ。
03独立と名前の喪失
1988年、ロートはル・サンティエに工房を構え、独立した時計師としての歩みを始めた。会社としての設立は1989年とされ、資金はスイスの商社シーバー・ヘグナーが支えた。ロンドンの老舗アスプレイから受けたトゥールビヨンの予約注文が、立ち上がりの経営を助けている。
やがてシーバー・ヘグナーが手を引くと、ロートは主要な取引先だったシンガポールのザ・アワー・グラスに支援を仰いだ。1994年に同社が経営の主導権を握り、製品の方向も変わっていく。2000年、ザ・アワー・グラスはジェラルド・ジェンタとともにダニエル・ロートをブルガリへ売却した。売却は創業者の持ち分にも及び、ロートは自らの名を冠した会社を離れる。「売ったのではなく、取られたのだ」と、本人は後に語っている。
04家族の工房と名の帰還
ブランドを離れたロートは、ル・サンティエの湖を望む自宅で、再び一人の時計師に戻った。2000年代初頭に始めた工房の名はジャン・ダニエル・ニコラという。自分の姓を時計に記せなくなったため、家族の名を組み合わせた名である。家族で年に2〜3本の時計を仕上げる体制が続いている。
2023年、LVMHはダニエル・ロートの名の再始動を発表した。担い手はルイ・ヴィトンの時計工房ラ・ファブリック・デュ・タンである。ロート自身は正式な役職を持たず、助言役として関わっているとされる。2026年の業界紙は、80代に入ったロートが商業的な時計づくりから退きつつ、なお時計を作り続けていると伝えている。
業績・代表作
01ブレゲの懐中時計を腕に移す
ブレゲでのロートの仕事は、アブラアン=ルイ・ブレゲの懐中時計を読み解き、腕時計の寸法へ移し替えることだった。最初の作品は Ref. 3130 とされる。創業者の自動巻懐中時計 No.5 にならい、文字盤の表示を非対称に配した時計である。
続いて薄型の永久カレンダー Ref. 3050 を設計した。コインエッジのケース、手彫りのギヨシェ文字盤、青焼きの針。今日ブレゲの様式とみなされる要素の多くは、ボデとロートの協働で腕時計の上に組み立て直された。
ロートが最も深く関わった機構はトゥールビヨンである。1980年代半ば、彼はムーブメント会社ヌーベル・レマニアのために腕時計用トゥールビヨンを設計した。量産された腕時計用トゥールビヨンの初期の例とされ、ブレゲ初のトゥールビヨン腕時計 Ref. 3350 に結実している。
02ダブル・エリプスという署名
独立後のロートは、円と矩形の中間にあたる独自のケースを考えた。二つの楕円を重ねたような輪郭から、ダブル・エリプスと呼ばれる。独立期の作品は、いずれもこの器に収められた。
第一作はトゥールビヨン Ref. 2187(のちの C187)である。1分で1回転するキャリッジに長さの違う3本の秒針を載せ、20秒ずつに分けた目盛りを順に指させる。裏側に日付とパワーリザーブの文字盤を持つ両面仕様もあった。
続いて2カウンターのクロノグラフ C147、極薄の自動巻 C107、レトログラード表示の C127 が並ぶ。永久カレンダー C117 は、近所に住むフィリップ・デュフォーと共に開発された。ジャンピングアワーと半円の分表示を組み合わせたパピヨンは、父の蝶の標本から着想したとロートは語っている。
03外の機械に自らの手を加える
ロートの時計の多くは、レマニアやフレデリック・ピゲのエボーシュを土台にしていた。ロート自身が主に手がけたのは、ベースムーブメントに加える複雑機構の設計だったとされる。金無垢の文字盤にギヨシェを施し、ローマ数字を刻み、矢じり形の青焼き針を合わせる。ブレゲで組み立てた古典の語彙を、独自のケースの上で組み替えたところに一貫性がある。
ロートは自作を「芸術品としての時計(La montre objet d'art)」と位置づけていた。機械式時計がクォーツに押されていた時代の主張である。手仕事の時計を美術品として差し出す姿勢は、後に続く独立時計師たちの仕事を先取りしていた。
042分で1回転するトゥールビヨン
ジャン・ダニエル・ニコラでロートが作るのは、2分で1回転するトゥールビヨンだけである。回転を通常の倍の周期にしたのは、他と区別し、キャリッジの動きをゆっくり眺められるようにするためだとされる。設計は紙とペンで行うと伝わり、仕上げはすべて手作業による。ケースは丸形と、かつてのダブル・エリプスを思わせる変形の2種がある。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Daniel Roth - History
- 02 公式 Jean Daniel Nicolas | The Official Site
- 03 専門メディア Daniel Roth, a pioneer returns
- 04 専門メディア Daniel Roth: the renaissance of a watchmaking legend
- 05 専門メディア Daniel Roth: the rough road of a pioneer
- 06 専門メディア The Complete Story of Daniel Roth: From Breguet to his Eponymous Brand and Jean Daniel Nicolas
- 07 専門メディア Editorial: LVMH Revives Daniel Roth
- 08 専門メディア The Life and Times of Daniel Roth, Master Watchmaker of the Vallée de Joux
- 09 専門メディア Watches of Switzerland bolsters indie roster with Daniel Roth