設計思想
ブラックベイ54という土台
ブラックベイ54は、2023年のWatches and Wondersで発表されたコレクション最小のダイバーズである。着想源は1954年のチューダー初のダイバーズウォッチRef. 7922で、37mm径、分目盛りを持たないベゼル、細身のケースなど、当時の意匠を現行ラインで最も忠実に引き継ぐモデルとして迎えられた。初代のM79000N-0001(ブレス仕様)とM79000N-0002(ラバー仕様)は黒文字盤・黒ベゼルの組み合わせで、ヴィンテージへの忠実さこそが存在理由だった。機械はCOSC認定の自社製MT5400、パワーリザーブは約70時間、200m防水という構成で、この土台は派生を通じて変わらない。
ツールからリゾートへ
M79000-0001は、その土台の上で2025年6月に発表された初の派生である。注目すべきは方向性の転換だ。公式サイトでは通常のダイバーズの枠ではなく、Black Bay Chronoの“フラミンゴブルー”などと並ぶ「daring watches」のカテゴリに置かれた。ベゼルの黒いアルミインサートは鏡面仕上げのスチールに置き換えられ、文字盤は砂浜を思わせるテクスチャーのラグーンブルーとなった。1954年の記憶を呼び起こす装置だったブラックベイ54を、南国の休暇を想起させる時計へ読み替える試みであり、見本市の枠外で夏に投入するリリース戦略とも重なる。
系譜の中の位置
本機の性格は、後続との対比でより鮮明になる。2026年4月のWatches and Wondersでチューダーは第3の構成となるブラックベイ54“ブルー”(M79000B-0001/-0002)を追加したが、こちらはブルーのアルミインサートとリベット風3連ブレスを採用し、ツールウォッチの文法に回帰した。つまりラグーンブルーは、コレクション内で唯一、実用性よりも装飾性へ振った構成として残る。37mmという寸法を「小ぶりなダイバーズ」から「装いの選択肢」へ広げた点に、このRefの意味がある。
意匠分析
本機の設計は、ケースに手を加えず外装の質感だけで性格を変える、という選択に貫かれている。37mm径・厚さ11.2mmのスチールケース、200m防水、スクリューバックとチューダーローズを刻むねじ込み式リューズは、2023年のM79000N-0001と共通である。
最大の変更点はベゼルだ。逆回転防止の60分ベゼルという機能は維持しつつ、インサートを黒アルミから鏡面仕上げのスチールへ改めた。目盛りは彫り込みによる同色表現で、艶消しの彫り底が鏡面との対比で読み取れる。分単位の刻みを持たない構成はRef. 7922由来の意匠を引き継ぐが、鏡面である以上、傷への耐性と引き換えに光の表情を得ている。実用本位から装飾本位への転換が、この一部品に集約されている。
文字盤はラグーンブルーと呼ばれる明るい青で、ブラックベイとして前例のないサンドテクスチャーが施された。砂のような粒状の表面が光を拡散し、角度によって色調が変わる。スノーフレーク針とアプライドインデックスはポリッシュ仕上げの金属製で、白いスーパールミノヴァを充填。印字とミニッツトラックは濃紺で刷られ、明るい地色とのコントラストで視認性を確保する。
ブレスレットも刷新された。標準のリベット風3連ではなく、ポリッシュとサテンを切り分けた5連ブレスを採用し、工具なしで約8mmの範囲を微調整できる“T-fit”クラスプを備える。ラバーストラップの設定はなく、ブレス仕様のみの展開である点も、本機をダイバーズの道具ではなく装いの一部として位置づける判断と読める。
系譜と歴史
M79000-0001は2025年6月12日、チューダーが見本市の枠外で発表した。春のWatches and Wondersではなく夏を前にしたタイミングでの投入で、発表と同時にブティックおよび正規販売店での展開が始まった。限定生産の告知はなく、通常コレクションの一員として、公式サイトでは「daring watches」のカテゴリに分類されている。
仕様は発表時から変わっていない。ブラックベイ54で初代から用意されてきたラバーストラップ仕様は本機には設定されず、5連ブレスレットの単一構成のまま推移している。
2026年4月のWatches and Wonders 2026では、ブルー文字盤とブルーのアルミベゼルを組み合わせた“ブルー”(M79000B-0001/-0002)がコレクションに加わり、ブラックベイ54は黒、ラグーンブルー、ブルーの3系統となった。この拡充後もラグーンブルーは廃番とならず、2026年6月現在、現行モデルとしてカタログに掲載されている。