系譜と歴史
1. 7750から7753へ
現代の機械式クロノグラフの基盤を語るうえで、Valjoux 7750は避けて通れない。1973年、ヴァルジュー社の技術者エドモンド・カプト(Edmond Capt)を中心に開発されたこの自動巻クロノグラフは、手巻のValjoux 7733を出発点とし、その源流は1948年のヴィーナス188まで遡る。最大の特徴は、クロノグラフの制御に柱状歯車(コラムホイール)ではなく、カムとレバーによる方式を採った点にある。これにより構造が簡素化され、量産性と信頼性が両立された。
カプトはコンピューターを用いた設計を取り入れたとされ、当時の時計産業では異例であった。1973年に最初の量産品が顧客へ供給されたが、クォーツの台頭による需要減退で生産は一時中断する。機械式時計の復権とともに1985年に生産が再開され、以後は数多くの派生を生んだ。なかでも2002年に登場した7753は、3時・6時・9時にカウンターを配する3-6-9レイアウトを採り、左右対称的な文字盤を求める層に支持された。SW510は、この7753に対応するセリタ側の選択肢にあたる。
2. セリタによる継承
セリタ(Sellita)は、1950年にスイスのラ・ショー=ド=フォンでピエール・グランジャンにより設立された。長らくETAのエボーシュ(半製品ムーブメント)を組み立てる下請けとして、その設計と量産技術を深く理解していた。
転機は2000年代初頭に訪れる。2002年、スウォッチグループのニコラス・G・ハイエックは、ETAがグループ外ブランドへのムーブメント供給を段階的に縮小する方針を表明した。同時期に2824-2や7750といった主要設計の特許が期限切れを迎えており、セリタはこれらに対応する自社製ムーブメントの製造へ踏み出す。2003年頃のSW200(2824-2系)に始まり、2009年頃にはSW500(7750系)を投入した。SW510は2017年頃、SW500の3-6-9派生として加わったとされる。
セリタのムーブメントは、当初こそ既存設計の置き換えを主眼としたが、世代を重ねるなかで独自の改良も加えられている。パワーリザーブの延長は、その一例である。
3. 日付なしバイコンパックスという選択
SW510には、用途に応じた複数の仕様が存在する。型番末尾の「BH」はバイコンパックス(2カウンター)構成を、「M」は手巻を示し、「a」「b」は日付の有無を表す。本機SW510 BH bは、12時間積算計を持たないバイコンパックスで、かつ日付表示を備えない自動巻仕様にあたる。
この構成が選ばれる背景には、2010年代以降に強まったヴィンテージ復刻の潮流がある。日付窓を排し、左右対称に整理された文字盤は、1960年代から1970年代の手巻クロノグラフを思わせる意匠と相性がよい。ニヴァダ・グレンヘンのクロノマスターや、エクセルシオール・パークのクロノグラフは、その代表的な採用例である。汎用ムーブメントが持つ供給の安定性と、確立された機構の信頼性が、こうした少量生産のブランドにとって現実的な選択肢となっている。