設計思想
1. 「世界で最も忙しい時計」の再来
クロノマスター アビエーター シーダイバーは、1960年代初頭にNivadaが世に送った多機能クロノグラフである。クロノグラフに加え、回転ベゼルによる潜水・航空計時、タキメーター、レガッタ計時を1本に収め、当時の広告は「世界で最も忙しい時計」と謳った。空・陸・海のいずれでも使える万能機という発想が、この時計の核にある。
2020年、復興したNivada Grenchenはこの原型を復刻ラインの中心に据えた。86001A-BLALは、その自動巻・ブロードアロー文字盤・黒革仕様にあたる。数ある文字盤構成のなかで、ブロードアローの黒は原型の意匠を最も素直に受け継ぐ「顔」である。
2. 自動巻という選択
復刻ラインは、手巻(86007M)と自動巻(86001A)の二系統で展開された。86001Aの「A」は自動巻を指す。搭載するSellita SW510 BH bは、Valjoux 7750の系譜を引く機構をカム式クロノグラフとして構成したもので、毎時28,800振動 (4Hz)、27石を備える。
原型が積んだValjoux 92やVenus 210といった手巻機構に対し、自動巻は日常での扱いやすさを優先した現代的な選択である。その代償として、ローターを収めるぶんケース厚は手巻の13.75mmから14.80mmへと増す。約1mmの差は、巻き上げの手間と装着感を天秤にかけた結果といえる。
3. 復刻ラインにおける位置
ブロードアローの黒文字盤に黒革を合わせた86001A-BLALは、ブレスレットやラバーを選ぶ他構成に比べ、最も落ち着いた装いを示す。原型が備えた道具としての性格を残しつつ、革ストラップによって日常の装いへと寄せた構成である。
本機が受け継ぐのは外観だけではない。潜水と第二時間帯を兼ねる両回転ベゼル、レガッタ計時の名残、そして空・陸・海を1本でこなすという原型の思想そのものが、現行機にも息づいている。
意匠分析
ケースは直径38.3mm、ラグ間46.5mmと、現代のクロノグラフとしては小ぶりにまとまる。1960年代のバイコンパックス機に通じる寸法で、流れるように湾曲したラグと、光を受けるポリッシュ面取りが目を引く。基本はサテン仕上げながら、ラグ内側やベゼル周りに磨きを残し、単調に陥らない表情をつくる。自動巻のローターを収めるため、ケース厚は手巻仕様より約1mm厚い14.80mmとなる。ベゼルはケース径よりわずかに広く、数値以上の存在感を生む。
ベゼルは両方向回転式で、クリックを持たないフリクション式である。アルミ製インサートには60分の経過計時目盛と、小さく12時間の目盛が併記され、潜水計時と第二時間帯の把握を兼ねる。クリックを省いた構造は原型に倣ったもので、任意の位置で正確に合わせられる反面、現代の一方向ベゼルとは操作感が異なる。防水は100mで、200mを謳った原型より控えめな数値にとどまる。
文字盤はマットブラックで、サブダイヤルも黒へ沈める構成をとる。二つの小針に加え、中央のクロノグラフ秒針、レガッタ計時を示す赤い10分目盛、周縁のタキメータースケールが同居する。針はブロードアローを主役に据え、夜光にはクリーム色のスーパールミノバを用いる。風防は箱型に近いドーム形状のサファイアで、原型のアクリルを現代素材へ置き換えた箇所である。本構成では黒革ストラップが組み合わされ、道具的な文字盤を落ち着いた装いへとまとめている。ラグ幅は20mmで、ストラップ交換の自由度も高い。
系譜と歴史
原型のクロノマスター アビエーター シーダイバーは、1960年代初頭に登場したとされる。発表年は1961年とする資料と1963年とする資料があり、確定はしていない。当時はNivada、Croton、Croton Nivada Grenchenなど、地域により異なる名で流通した。現行機の歴史は、2020年のブランド復興とともに始まる。Guillaume Laidetらの手でNivada Grenchenが再興され、クロノマスター アビエーター シーダイバーが復刻ラインの中心として発表された。この時点で手巻と自動巻の二系統が用意され、ブロードアローの黒文字盤も当初から選択肢に含まれていた。購入者には『Chronomaster Only』の書籍が付属し、原型と現行機を見比べる資料として供された。86001A-BLALは、その自動巻・黒文字盤を黒革ストラップで装う構成にあたる。展開当初の参照番号体系はその後整理され、同一仕様が販売店により86001A03とも表記される。ストラップはオイスターやビーズ・オブ・ライス調のブレスレット、ラバートロピックなどへ広がり、文字盤もパンダやパックマンなど多彩な構成へと拡張された。本機は現在も継続生産されている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 F77 - Nivada Grenchen
- 02 専門メディア Sellita Caliber SW510