系譜と歴史
1. コーアクシャルからCal.9300へ
スイス時計界における脱進機の革新は、英国人ジョージ・ダニエルズ(1926-2011)が1974年に考案したコーアクシャル脱進機に始まる。ダニエルズは1980年に特許を取得し、これを商業化したのがオメガであった。1999年に量産化されたCal.2500はETA 2892-A2をベースとする改修系であり、二世紀ぶりに実用化された新脱進機として産業界に衝撃を与える。2007年にはコーアクシャル設計を前提に一から開発された初の自社製ムーブメントCal.8500が登場し、2011年には二香箱・コラムホイール・垂直クラッチ・シリコン製ヒゲゼンマイを統合した自社製クロノグラフCal.9300が登場する。Cal.9904はこの9300系統の最終世代として2016年に発表された。
2. METAS時代と9904の使命
2015年、オメガはスイス連邦計量・認証局(METAS)との共同開発による新基準「マスタークロノメーター」を発表する。COSCクロノメーター取得済みのケーシング後ムーブメントに対し、15,000ガウスの磁場耐性、6姿勢差、パワーリザーブ消費中の安定性、防水性、日差0/+5秒など8項目を10日間にわたり試験する厳格な制度である。第一弾はグローブマスター、2016年バーゼルワールドではCal.9900がプラネットオーシャン600Mに、続いてCal.9904がスピードマスター・ムーンフェイズ(Ref.304.33.44.52.03.001ほか)に搭載された。これはスピードマスター系統初のMETAS認定機であり、月へと向かったクロノグラフの系譜に、新時代の精度規格を接続する象徴的な投入であった。
3. ムーンフェイズと派生キャリバー
ムーンフェイズ機構は古典的歯車計算に基づくが、Cal.9904は朔望月(29.5日)の周期に近似する精密な歯車列で月相を駆動し、オメガは現行製品ページにおいて約122年に1日の誤差精度を公表する(発表当時は「10年に一度の補正で済む」とも告知)。月相ディスクは金属結晶素材を微細加工した photorealistic 仕様で、人類が月面に残した足跡を象徴的に刻む。Cal.9905は同設計のローターとテンプブリッジを18Kセドナゴールドとした金無垢・プラチナケース向けの上位版である。後年には手巻き仕様のCal.9914が登場し、北半球・南半球を両表示するスピードマスター・ムーンフェイズ・メテオライトに採用されるなど、9904の機構思想は派生キャリバー群へと受け継がれている。