AP 3120
2003年登場、ロイヤル オークに自社製自動巻の血を通わせた、現代APの3針モデルを支える基幹キャリバー
Cal. 3120は、2003年にオーデマ ピゲが発表した自社製の自動巻キャリバーである。直径26.60mm、厚さ4.26mm、振動数21,600vph (3Hz)、約60時間のパワーリザーブ、40石、計280部品で構成され、機能は時・分・秒・日付。22Kゴールド製の両方向巻上ローターをセラミックボールベアリングで支持する設計を採る。ジュール オーデマ コレクションでのデビューを経て、2005年にロイヤル オーク Ref. 15300へ搭載されて以降、Ref. 15400/15450系やロイヤル オーク オフショアの諸モデルへと展開し、現代APの3針モデル群を長く支えた基幹ムーブメントである。
| Maker | Audemars Piguet |
|---|---|
| Reference | AP 3120 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 21,600 bph (3 Hz) |
| Jewels | 40 石 |
| Power reserve | 60 h |
| Movement ⌀ | 26.6 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Seconds |
| Date | Date |
系譜と歴史
自社製への決断
オーデマ ピゲは1875年の創業以来、ヴァレ・ド・ジューの名門として複雑機構の設計を担いながら、シンプルなムーブメントの基幹部分はジャガー・ルクルトやフレデリック・ピゲといった専業メーカーから供給を受けるという、当時のスイス時計業界に共通する分業構造のなかを歩んできた。ロイヤル オーク ジャンボに長く搭載されてきたCal. 2120(JLC920系)は、その象徴的な存在である。
1990年代後半に「マニュファクチュール=自社製ムーブメント」を競争軸とする潮流が業界全体に拡がると、APもまた現代的な自社製の3針自動巻を開発する必要に迫られる。社内での設計起点は1998年頃と伝わり、約5年の開発期間を経て2003年、まずはジュール オーデマ コレクションに搭載される形で正式に発表された。2005年には39mmケースのロイヤル オーク Ref. 15300に初搭載され、APの基幹コレクションへと送り込まれていく。
設計の選択
Cal. 3120の設計思想は、競技的な高振動化を追わず、日常で長く付き合える実用機としての視点に貫かれている。28,800vphではなく21,600vph (3Hz)というやや穏やかな振動数を選んだ背景には、香箱内の主ぜんまいの巻きほどき効率を確保しつつ、単一香箱で約60時間というロングパワーリザーブを実現するための設計判断があったと考えられる。
調速機構には、独立した緩急針調節を持たないフリースプラング・テンプを採用。テンプ・リム上の8つの可変慣性ブロックでテンプ自体の慣性モーメントを微調整する方式である。さらにテンプを支える受け板は片持ちの「コック」ではなく、両側で支える「ブリッジ」構造とし、衝撃時の位置安定性とテンプ軸の支持剛性を確保している。
派生系譜
Cal. 3120は単体での3針モデルへの搭載にとどまらず、APの中核となるムーブメント・ファミリーの起点となった。代表的な派生として、デュアルタイム機構を組み合わせたCal. 3124/3841、Dubois-Depraz社のクロノグラフモジュールを乗せたCal. 3126/3840、そして日付表示を省きスケルトン化したCal. 3129などがある。とりわけCal. 3126/3840は、2007年以降のロイヤル オーク オフショア クロノグラフのほぼ全機種を支え続けた、APの実用クロノグラフを語る上で外せないキャリバーである。
後継への橋渡し
2019年、APはCODE 11.59 コレクションの登場とともにCal. 4302を発表する。28,800vph (4Hz)、約70時間パワーリザーブへと数値を引き上げた新世代の自社製自動巻であり、同年のロイヤル オーク Ref. 15500から本格的に世代交代が始まった。Cal. 3120はおよそ16年にわたりブランドの3針モデルを支えてきたが、こうしてその役目を後継機へと譲っていく。とはいえ、APの「現代的な自社製」を最初に体現したキャリバーとして、Cal. 3120は今も参照され続ける存在である。
技術解説
全体構成
Cal. 3120は直径26.60mm(11¾リーニュ)、厚さ4.26mmの中型自動巻キャリバーで、構成部品数は280個、石数は40個である。香箱、輪列、脱進機、テンプ、自動巻機構が一枚の地板の上にレイアウトされる、典型的なフルローター式構造をとる。複雑機構を持たない基幹3針モデルでありながら、地板・受け板の全面にわたって手作業の仕上げが施されている点で、量産的な実用機と装飾を尽くした観賞機の境界に立つ存在である。
テンプとヒゲゼンマイ
最大の技術的特徴は、調速機構にフリースプラング・テンプを採用していることにある。一般的な緩急針(レギュレーター)による調整は行わず、テンプ・リムに配置された8つの可変慣性ブロックをわずかに動かすことでテンプ自体の慣性モーメントを変え、歩度を整える方式である。緩急針方式に比べて、衝撃や経年で調整位置がずれにくいとされ、長期の精度安定に寄与する。
ヒゲゼンマイは平ヒゲで、ヒゲ持ちはネジ留め式の可動マウントが採用される。テンプを支える受け板は、片側のみで支える「テンプ受」(コック)ではなく、両側を渡す両持ちブリッジ(through balance bridge)とし、テンプ軸の支持剛性と耐衝撃性を高めている。振動数は21,600vph (3Hz)で、近年主流の28,800vphよりやや低めの設定だが、これは単一香箱での60時間動作という設計目標と引き換えに選ばれたバランスと理解される。
自動巻機構
香箱は1つで、ぜんまい完全巻上時に約60時間のパワーリザーブを蓄える。自動巻はローターを両方向に作用させる効率の高い設計を採用し、ローターは22Kゴールドの削り出しによるフルローターである。ローター軸の支持には潤滑油を必要としない高耐久のセラミックボールベアリングが用いられ、長期にわたる安定動作と耐摩耗性に配慮されている。ローター表面には、創業二家であるオーデマ家とピゲ家それぞれの紋章が、AP社のロゴを挟む形でエングレービングされる。
仕上げ
Cal. 3120の装飾は、APの自社製キャリバーの規範を示す水準で施される。各受け板の表面には、APが「コートドジュネーブ反転模様」(reversed circular Côtes de Genève)と呼ぶ、中心から放射状に広がる独特のストライプが描かれ、地板側にはペルラージュ(真珠模様)が敷き詰められる。受け板の縁の面取り(アングラージュ)はダイヤモンドツールで仕上げられて鏡面の光沢を放ち、輪列の歯車は金メッキ後にギア歯が再切削されて幾何学的に正確な噛み合いを得る。
機能面では、リューズを引き切ることでテンプを停止させる秒針停止機構(ハッキング)、および双方向送りに対応するクイックチェンジ式の日付修正機構を備える。クロノメーター認定は受けていないが、社内基準による出荷時の精度調整が施されている。