系譜と歴史
自社製への決断
オーデマ ピゲは1875年の創業以来、ヴァレ・ド・ジューの名門として複雑機構の設計を担いながら、シンプルなムーブメントの基幹部分はジャガー・ルクルトやフレデリック・ピゲといった専業メーカーから供給を受けるという、当時のスイス時計業界に共通する分業構造のなかを歩んできた。ロイヤル オーク ジャンボに長く搭載されてきたCal. 2120(JLC920系)は、その象徴的な存在である。
1990年代後半に「マニュファクチュール=自社製ムーブメント」を競争軸とする潮流が業界全体に拡がると、APもまた現代的な自社製の3針自動巻を開発する必要に迫られる。社内での設計起点は1998年頃と伝わり、約5年の開発期間を経て2003年、まずはジュール オーデマ コレクションに搭載される形で正式に発表された。2005年には39mmケースのロイヤル オーク Ref. 15300に初搭載され、APの基幹コレクションへと送り込まれていく。
設計の選択
Cal. 3120の設計思想は、競技的な高振動化を追わず、日常で長く付き合える実用機としての視点に貫かれている。28,800vphではなく21,600vph (3Hz)というやや穏やかな振動数を選んだ背景には、香箱内の主ぜんまいの巻きほどき効率を確保しつつ、単一香箱で約60時間というロングパワーリザーブを実現するための設計判断があったと考えられる。
調速機構には、独立した緩急針調節を持たないフリースプラング・テンプを採用。テンプ・リム上の8つの可変慣性ブロックでテンプ自体の慣性モーメントを微調整する方式である。さらにテンプを支える受け板は片持ちの「コック」ではなく、両側で支える「ブリッジ」構造とし、衝撃時の位置安定性とテンプ軸の支持剛性を確保している。
派生系譜
Cal. 3120は単体での3針モデルへの搭載にとどまらず、APの中核となるムーブメント・ファミリーの起点となった。代表的な派生として、デュアルタイム機構を組み合わせたCal. 3124/3841、Dubois-Depraz社のクロノグラフモジュールを乗せたCal. 3126/3840、そして日付表示を省きスケルトン化したCal. 3129などがある。とりわけCal. 3126/3840は、2007年以降のロイヤル オーク オフショア クロノグラフのほぼ全機種を支え続けた、APの実用クロノグラフを語る上で外せないキャリバーである。
後継への橋渡し
2019年、APはCODE 11.59 コレクションの登場とともにCal. 4302を発表する。28,800vph (4Hz)、約70時間パワーリザーブへと数値を引き上げた新世代の自社製自動巻であり、同年のロイヤル オーク Ref. 15500から本格的に世代交代が始まった。Cal. 3120はおよそ16年にわたりブランドの3針モデルを支えてきたが、こうしてその役目を後継機へと譲っていく。とはいえ、APの「現代的な自社製」を最初に体現したキャリバーとして、Cal. 3120は今も参照され続ける存在である。