系譜と歴史
1. 1997年、矩形へのこだわり
A. Lange & Söhneは1994年、東独崩壊後の操業再開を象徴する4本のモデル — ランゲ1、サクソニア、トゥールビヨン・プール・ル・メリット、アルカーデ — を世に問うた。このうちアルカーデのみが非円形ケースを採用しており、長方形ながら端部が緩やかに丸まったピル状の形状を持つ。同モデルに搭載されたCal. L911は、ブランド復興後における初の矩形系ムーブメントであった。
1997年、バーゼル(現Watches and Wonders)でカバレが発表される。アルカーデの曲線を排し、より直線的な矩形へと振り切ったケースを纏うこのモデルに、新キャリバーCal. L931.3が搭載された。設計の出発点はCal. L911.4だが、地板と3/4プレートの形状をカバレのケース内寸に合わせて再設計し、文字盤側のレイアウトには大型日付窓を組み込んでいる。
2. 「真のフォーム・ムーブメント」という選択
矩形ケースを纏う時計の多くは、円形ムーブメントを矩形ケースの中央に据え、空隙をブランクで埋める構造を採る。これに対しCal. L931.3は、地板そのものを矩形へと加工した本格的なフォーム・ムーブメントである。文字盤裏側のレイアウトはケース形状と一体化し、サファイアバックから見える機械の輪郭そのものが矩形を成す。
このアプローチは、製造効率という観点では円形ムーブメントの転用に劣る。一方で、機械の意匠とケースの意匠を一致させる設計思想は、ランゲがブランド復興以降一貫して掲げてきた「機械の見せ方への執着」と整合的なものといえる。
3. 派生としてのL931.5
2004年、Cal. L931.3に月相表示を加えたCal. L931.5が登場し、カバレ・ムーンフェイズ(Ref. 118.021、118.032)に搭載された。月相車を追加するため石数は31石へ増え、スモールセコンドの位置に月相表示が同居する文字盤レイアウトが採られている。この月相は、毎日17時から19時の間に一日分が一気に送られる従来式の歩進方式であり、現行ランゲが採用する連続駆動方式以前の世代に属する。カバレ・ムーンフェイズは2009年、カバレ本体は2011年頃に生産を終え、L931系のキャリバーはランゲのカタログから姿を消した。
4. 矩形ムーブメントの系譜のなかで
矩形ケースに矩形ムーブメントを宿すという発想は、20世紀初頭の懐中時計から腕時計への移行期に各社が試みた古典的な構成である。現代において自社製の矩形ムーブメントを継続的に生産するメーカーは限られており、Cal. L931.3はその数少ない例の一つに数えられる。なお、2008年に登場したカバレ・トゥールビヨン、および2026年のカバレ・トゥールビヨン・ハニーゴールドに搭載されるCal. L042.1は、L931系列とは独立して開発された別系統のキャリバーであり、本機の直接の派生ではないとされる。