設計思想
空白の年に届いた青
79030Bが発表されたのは、2020年7月1日である。例年であれば春のバーゼルワールドで披露されるはずだったが、この年は新型コロナウイルスの世界的流行を受けて同見本市が中止された。Tudorはオンラインでの単独発表という当時としては異例の手段を選び、世界各国の認定販売店へ事前に実機を配布したうえで、その日いっせいに販売を開始する戦略を採った。腕時計業界が一斉に立ち止まっていた時期に届いた数少ない新作のひとつであり、本機は発表直後から大きな注目を集めた。
Tudor Blueという系譜
ネイビーブルーは、Tudorにとって特別な色である。同社は1969年、青文字盤・青ベゼルのダイバーズウォッチを市場に投入した。これが「Tudor Blue」と呼ばれる色彩的アイデンティティへと育っていく。1970年代には、フランス海軍(Marine Nationale)に支給された通称「Tudor MN」と呼ばれるOyster Prince Submarinerが、この青を纏ったまま軍務に投入された。79030Bが選んだ深いネイビーは、こうした数十年にわたる青の系譜の延長線上にある。文字盤や箱に派手な軍事的修辞は与えられていないが、本機が踏まえている文脈は明確である。
79030Nとの距離
機械的には、本機は2018年発表の原型79030N(黒文字盤)と多くを共有する。39mmスチールケース、11.9mmの厚み、200m防水、ドーム型サファイア、Cal.MT5402という骨格はそのまま据え置かれた。しかし印象は明確に異なる。79030Nが金色のガルバニック印字とゴールド色のインデックスでヴィンテージ感を強調していたのに対し、79030Bでは印字とインデックスが銀色へ揃えられ、より現代的で抑制された表情に置き換わっている。同じ寸法、同じムーブメントを共有しながら、色と仕上げの選択だけで「神話を継ぐ一本」と「現代の標準形」へと、二つのRefは性格を分けた。
派生と継承
79030Bには、リベット様ステンレスブレスを纏う本機-0001のほか、ブルーのソフトタッチ革ストラップを纏う-0002、銀色のストライプが入ったジャカード生地ストラップの-0003という3つのSKUが用意された。発表後はBB58系全体が長く需給の逼迫した状態に置かれ、認定販売店の待機リスト現象を象徴する一本ともなった。2025年4月のWatches and Wonders Geneva 2025で、Master Chronometer認定の新ムーブメントを搭載したバーガンディ文字盤の新世代BB58(Ref. 7939A1A0RU)が登場すると、原型ラインの世代交代が始まる。2026年4月のWatches and Wonders Geneva 2026で新世代の黒文字盤モデル(Ref. M7939A1A0NU)が発表されるのと前後して、本機を含む79030世代は公式ラインから役目を終えた。
意匠分析
ケースは直径39mm、厚さ11.9mm。リューズを除いた寸法は、Tudorのヴィンテージ・サブマリーナRef. 7924に倣う。ポリッシュとサテンが切り分けられたケース側面はラグの稜線を引き締め、装着時には数値以上の薄さに感じられる。逆回転防止ベゼルはスチール製で、インサートはマット仕上げのブルー陽極酸化アルミニウム。60分目盛りはシルバーのガルバニック処理で焼き付けられており、原型79030Nのゴールド印字と比べて視覚的なコントラストは穏やかに整えられている。
文字盤はドーム型のネイビーブルー。表面には微細なグレイン処理が施されており、光の角度によって深い陰影が立ち上がる。アプライドのドット・インデックスと、Tudorダイバーの象徴であるスノーフレーク針はいずれもシルバー仕上げで、夜光塗料はベージュに寄せた色調で塗布される。日中の青文字盤と、暗所での暖色夜光のコントラストは、本機の表情を二面的にしている。リューズはスチール製のねじ込み式で、表面にはTudorのバラ紋章がレリーフされる。
ブレスレットは20mm幅のリベット様ステンレススチール製で、ポリッシュとサテンを切り分けた仕上げを持つ。コマ側面には1960年代以前のリベット・ブレスを連想させる意匠が残されており、視覚的な過去への参照が組まれている。バックルは安全クラスプ付きの三つ折式で、いわゆるT-fit微調整機構は本世代には搭載されない(後の新世代モデルで導入される)。
ムーブメントには、Tudorが2018年のBB58投入と同時に発表した自社製Cal.MT5402を搭載する。直径26mm、厚さ4.99mm。41mmのBB系に搭載されるCal.MT5602(31.8mm/6.5mm)に対して明確に小型化されており、本機の11.9mmという薄さはこのムーブメントによって支えられている。シリコン製ヒゲゼンマイ、タングステン製モノブロック・ローターを採用し、約70時間のパワーリザーブと毎時28,800振動(4Hz)を備える。COSCクロノメーター認定に加えて、Tudor独自の日差-2/+4秒という基準で調整されたうえで出荷される。
系譜と歴史
原型となる黒文字盤のBB58、Ref. 79030Nが2018年3月のバーゼルワールドで発表されてから2年後、本機79030Bは「Black Bay Fifty-Eight Navy Blue」として2020年7月1日に発表された。同年のバーゼルワールドが新型コロナウイルスの感染拡大を理由に中止されたため、Tudorは公式サイトとプレスを通じたオンライン発表形式を選び、世界各国の認定販売店に実機を一斉配布する戦略を採用した。
発表と同時に、ステンレス製リベット・ブレスを組み合わせた本機-0001のほか、ブルーのソフトタッチ革ストラップを纏う-0002、銀色のストライプが入ったジャカード生地ストラップの-0003という3つのSKUが市場に投入された。発表時の希望小売価格は、ストラップ仕様で米ドル換算3,375ドル、スチールブレス仕様で3,700ドルとされていた。
発表後は数年にわたって需要が供給を上回る状況が続き、認定販売店の待機リストでの取り扱いが常態化した。2025年4月のWatches and Wonders Geneva 2025で、Master Chronometer認定のCal.MT5400-Uを搭載した新世代BB58(Ref. 7939A1A0RU、バーガンディ文字盤)が発表され、ケース厚も11.7mmへと0.2mm薄く改められる。2026年4月のWatches and Wonders Geneva 2026では、新世代の黒文字盤モデル(Ref. M7939A1A0NU)が登場し、これに合わせて原型ラインを構成していた79030N、および本機79030Bを含む第一世代BB58が公式ラインから外れた。同時点では、新世代における青文字盤の後継は発表されていない。