設計思想
望まれていた「小さなGMT」
ブラックベイ58 GMTの登場は、6年越しの要望への回答だった。2018年、チューダーは2つの話題作を同時に投入している。1958年のRef. 7924に範を取った39mmの「ブラックベイ58」(M79030N)と、赤青ベゼルの「ブラックベイ GMT」(M79830RB)である。前者はヴィンテージ的な小径と薄さで歓迎されたが、後者はCal.MT5652の構造ゆえにケースが厚く、装着感への指摘が絶えなかった。58のプロポーションでGMTを、という声は発表直後から存在していた。
それが実現しなかったのは、薄いケースに収まる自社製GMTムーブメントがなかったからである。2024年4月、Watches and Wonders Geneva 2024で発表された本Refは、その空白を埋めるためにムーブメントから新規に開発された1本だった。
新キャリバーMT5450-Uという回答
搭載されるCal.MT5450-Uは、ケニッシ(Kenissi)製造による中型GMTキャリバーである。直径30.3mm・厚さ6.14mmと、41mm用のMT5652(直径31.8mm・厚さ7.52mm)から大幅に小型化され、これが39mm・厚さ12.8mmのケースを可能にした。現地時刻針の単独操作、現地時刻に同期した瞬間日送り、ストップセコンドという機能面は上位機を踏襲する。
注目すべきは認証である。COSCに加え、精度・耐磁・防水・パワーリザーブを実機で検査するMETASマスタークロノメーター認定を取得した。チューダーは2023年のブラックベイ41からMETAS対応を始めており、本RefはGMTモデルとして初めてその枠組みに入った。
「ペプシ」ではなく黒とバーガンディー
配色の選択も意図的である。41mm版の赤青「ペプシ」を縮小コピーするのではなく、黒とバーガンディーの組み合わせを選んだ。バーガンディーは2012年の初代ヘリテージ・ブラックベイ(79220R)以来、このシリーズの原点を示す色であり、GMTベゼルの文法とシリーズの記憶を重ねた配色といえる。愛好家の間では赤黒の連想から「コーク」と呼ばれるが、公式の呼称ではない。
派生と現在
発表時のバリエーションは、本Ref(3リンクブレス)とラバーストラップのM7939G1A0NRU-0002の2本のみ。単一文字盤・単一配色での慎重な立ち上げは、チューダーの常套手段である。2026年には5リンクブレス仕様のM7939G1A0NRU-0003が加わり、選択肢は3本に広がった。文字盤やベゼルの色違いは2026年6月時点で存在せず、今後の展開が注目される。
意匠分析
ブラックベイ58 GMTの設計は、「58のケースを崩さずにGMTを足す」という一点に貫かれている。ケースは直径39mm・厚さ12.8mm・ラグ間距離47.8mmで、時刻表示のみのブラックベイ58とほぼ同じ輪郭を保つ。41mmのブラックベイ GMTで批判された厚みを、ムーブメントの小型化によって正面から解消した構成である。ケース側面はサテン仕上げを基調に、ベゼル裾とラグ上面のエッジにポリッシュを効かせる。
ベゼルは48クリックの両方向回転式で、黒とバーガンディーに塗り分けたアルマイト処理アルミニウムインサートを持つ。24時間目盛りはギルトで、数字の輪郭を外周のカーブに沿わせた書体が採用された。ダイヤルはドーム型の黒で、アプライドのギルトインデックスを置く。デイト表示は3時位置にあり、風防にシクロップレンズを持たない点は41mm版と共通する。
針の構成にはこのRef固有の解決がある。時針とGMT針の双方にスノーフレーク形状を与えたため、識別の混乱を避けるべく、秒針は従来のスノーフレーク・カウンターウェイトを捨て、初期のチューダー製ダイバーズに由来するロリポップ形状へ改められた。一方でGMT針は他の針と同じギルト仕上げで、色による差別化を行わない。視認性より配色の統一を優先した、賛否の分かれうる選択である。
リューズはねじ込み式でガードを持たず、薔薇のエンブレムをレリーフで刻む。ブレスレットは20mm幅の3リンク「リベットスタイル」で、サテンとポリッシュを使い分け、工具なしで微調整できるT-fitクラスプを備える。200m防水とあわせて、ダイバーズの骨格を保ったままトラベルウォッチへ転用した設計といえる。
系譜と歴史
M7939G1A0NRU-0001は、2024年4月にジュネーブで開催されたWatches and Wonders Geneva 2024で発表された。ブラックベイ58系列として初のGMTモデルであり、発表と同時に販売が開始されている。当初のバリエーションは、本Refである3リンク・リベットスタイルブレスレット仕様と、ブラックラバーストラップ仕様のM7939G1A0NRU-0002の2種で、文字盤・ベゼルの配色は黒×バーガンディーの1種類のみだった。
発表時からCal.MT5450-Uを搭載し、COSC認定とMETASマスタークロノメーター認定を併せ持つ。生産期間中の文字盤やベゼル仕様の変更は、2026年6月時点で確認されていない。
2026年のWatches and Wonders Geneva 2026では、ポリッシュのセンターリンクを持つ5リンクブレスレット仕様のM7939G1A0NRU-0003が追加され、ブレスレット違いの3本体制となった。なお、WatchBaseは-0003の登場年を2024年と記載するが、複数の専門メディアは2026年の追加と報じており、本稿は後者に従う。
本Refは2026年6月時点でチューダーの現行カタログに掲載されており、生産終了の発表はない。色違い・素材違いの派生は登場しておらず、ブラックベイ58 GMTは現時点で単一配色のまま展開が続いている。