設計思想
2021年の刷新を、トラベラー領域へ拡張する
アクアレーサー・プロフェッショナル300 GMT WBP2010.BA0632は、2022年8月にTAG Heuerが発表したGMT機構搭載モデルである。2021年、当時クリエイティブディレクターを務めていたGuy Bove(ギー・ボヴ)のもとでアクアレーサー・プロフェッショナル300は全面的な刷新を受け、ケース、ベゼル、ダイヤルパターン、ハンドの形状に至るまで再設計された。ただし2021年世代の初期構成はDate(三針)モデルが中心で、トラベラーズ・ウォッチとしてのGMT機構は当初のラインナップに含まれていなかった。本Refは、その空白を埋めるかたちで翌2022年に追加された世代内派生である。
直接の前任を持たない「世代の刷新」
WBP2010.BA0632の直接の前任は、形式的には2020年発表のRef. WAY201T(いわゆる「バットマン」配色のアクアレーサーGMT)にあたる。しかし両者は設計上ほぼ別系統と言ってよい。WAY201Tはアルミ製ベゼルインサート、3時位置のデイト、台形植字インデックスを備えた、旧世代アクアレーサーの語彙を引き継ぐモデルであった。対してWBP2010は12角形のドデカゴナル・ケースに2色セラミック・ベゼル、6時位置のデイト、剣型ハンドという、2021年世代の設計言語に従う。継承されたのはケース径43mm、300m防水、そしてベースムーブメントのCalibre 7という主要諸元のみである。
ジェンタ的シルエットとセラミック化
WBP2010.BA0632が市場に投入された2022年は、GMT機構を備えるスポーツウォッチが各ブランドから相次いで発表された年でもあった。ロレックスGMT-Master IIの黒×青、青×赤といった配色がGMT表現の標準語彙となっていたなかで、TAG Heuerは敢えてこれを避け、青×白のセラミック・ベゼルを選択している。ベゼルそのものを12面体構造とすることで、機能的なGMTツールでありながら、1970年代後半以降のジェラルド・ジェンタ的ラグジュアリースポーツの設計潮流とも響き合うシルエットを獲得した。
2024年の更新と本Refの位置づけ
2022年から展開されたWBP2010ラインは、2024年6月、TAG Heuerによる二度目の刷新で短い寿命を終えた。後継となるWBP5115シリーズ(GMT)はケース径を42mmへ縮小し、ムーブメントをマニュファクチュール仕様のCalibre TH31-03(Sellita系列のAMTカスタマイズ)に置き換え、COSC認定を取得した。本Refは、ETA/Sellitaベースの汎用機械式から、TAG Heuerが自社マニュファクチュールへの転換を本格化させる直前の世代として、アクアレーサー史の節目に位置するモデルとなった。
意匠分析
WBP2010.BA0632の最も識別性の高い意匠は、12角形(ドデカゴナル)のケースとベゼルである。アクアレーサー・プロフェッショナル300のラインで2021年から導入された設計言語をGMTモデルへも継承したもので、四角でも完全な円形でもない多面体的なシルエットを描く。ベゼルは双方向回転式、24クリック構造で、1時間刻みでGMT針との視覚的整合が取れる設計である。
挿入されるベゼルインサートは2色セラミック製で、ディープブルーとブリリアントホワイトの組み合わせ。色の境界は6時/18時の位置で切られ、昼夜の判別を視覚的にサポートする。前任にあたる2020年のRef. WAY201Tがアルミインサートを用いていたのに対し、本世代でのセラミック化はベゼル表面の耐傷性と発色の安定性の両面で明確な世代差を生む変更となった。
ダイヤルは深いブルーのサンレイ仕上げに、アクアレーサー伝統の水平方向のテクスチャー(チーク材のデッキを想起させる溝)を施す。インデックスは台形と8面体ドットを併用し、剣型のアワー針・ミニッツ針、イエローに彩られた中央セコンド針の先端とGMT針が、Super-LumiNovaコーティングにより夜間視認性を担保する。デイトは6時位置にあり、サファイアクリスタルに組み合わされたシクロップス・レンズで拡大される。
ブレスレットは3列構造で、サテンとポリッシュを交互に配する。観音開き式の安全クラスプには微調整機構が組み込まれ、ウェットスーツ越しの装着や、体温・気温による手首径の変化にも工具なしで対応できる。ケース径43mm、厚さ約13mm、ラグtoラグ約50mmという数値は近年のスポーツ・ダイバーズとしては標準的な範囲だが、ラグが短く詰められた設計と角の面取り処理によって、数字の印象ほど腕上で大きく見せない。
系譜と歴史
TAG Heuer Aquaracer Professional 300 GMT WBP2010.BA0632は、2022年8月に発表された。前年の2021年4月、Watches and WondersにおいてDate(三針)モデルから始まったアクアレーサー・プロフェッショナル300の世代刷新を、GMT機構を備えるかたちで補完するモデルとして登場している。当初から金属ブレスレットのBA0632と、ラバーストラップのFT6198の2バリエーションで構成され、ダイヤルカラーはブルー1色のみが用意された。発表時の参考価格はブレスレット仕様でスイスフラン3,700、ユーロ3,600、米ドル3,800であった。生産期間中の主な仕様変更は確認されていない。2024年6月、TAG Heuerはアクアレーサー・プロフェッショナル300のラインを再度更新し、ケース径を43mmから42mmへ縮小、ムーブメントをマニュファクチュール仕様のCalibre TH31-03へ置き換えた新世代(WBP5115ほか)を発表した。これに伴い、本Ref. WBP2010.BA0632は新世代に役割を譲り、TAG Heuer公式サイトにおいて生産終了の表示となっている。市場での生産期間は約2年と、近年のロングセラー・ダイバーズとしては比較的短いものとなった。