設計思想
1. 5070の後継として現れた5170
パテック フィリップが1998年から続けてきた手巻きクロノグラフ Ref.5070 は、2010年に12年の生産を終えた。後を継いだのが Ref.5170J-001 である。ケース径を42mmから39.4mmへと縮小し、ヌーベル・レマニア・ベースのムーブメントを廃して、自社初の手巻きクロノグラフ・ムーブメント Cal.CH 29-535 PS を搭載した刷新作だった。発表時の素材は18金イエローゴールドのみ。ローマ数字のXIIとVI、バー・マーカーを組み合わせた古典的な文字盤は、ヴィンテージ・パテックの語彙を借りつつも、抑制された表情を保っていた。
2013年のバーゼルワールドで、パテック フィリップは5170の新たな展開を披露する。Ref.5170G-001 — 18金ホワイトゴールド・ケースに、文字盤デザインを一新した一本である。同じ Cal.CH 29-535 PS、同じ39.4mm径のケースを継ぐが、文字盤の語り口はまったく異なるものとなった。
2. 文字盤の再設計とパルスメーターの継承
最大の変更点は、文字盤の文法そのものに及ぶ。5170J-001 のローマ数字とバー・マーカーの混成に代えて、5170G-001 はサブダイヤルが交わる位置を除く全てのインデックスに、ホワイトゴールドの応用ブレゲ数字を採用した。1940年代の Ref.130 を想起させる選択であり、ヴィンテージ・パテックの語彙への明確な接近である。
もう一つの主題が、文字盤外周のパルスメーター・スケール — 15脈動分のグラデュエーションだ。クロノグラフ秒針が15拍をカウントするまでの時間から脈拍数を読み取るスケールは、20世紀中盤の「ドクターズ・ウォッチ」の語彙にあたる。実用機能というよりも、ヴィンテージ・クロノグラフへの敬意を可視化したディテールと言える。
3. 5170ファミリーにおける位置
5170G-001 は、5170ファミリーが多素材展開を始める起点に位置する。2013年のこの一本を端緒として、2015年には黒文字盤・リーフ針の Ref.5170G-010、2016年には Ref.5170R-001 と Ref.5170R-010(共にローズゴールド)、2017年には Ref.5170P-001(プラチナ、ダイヤモンド・インデックス付)が加わっていった。5170J-001 を「自社製ムーブメントの男性向け第一作」と位置づけるならば、5170G-001 は「シリーズが多素材化していく分岐点」と言える。
5170ファミリー全体は、2019年のバーゼルワールドで発表された41mm径の Ref.5172G-001 に置き換えられて生産を終えた。5170G-001 が体現した「39mm台ケース・パルスメーター・ブレゲ数字」という組合せは、後継 5172G には引き継がれていない。
意匠分析
5170G-001 のケースは、直径39.4mm、厚さ10.9mm。前任 Ref.5070 から3mm近く縮小されたプロポーションは、このRefがドレス・クロノグラフとして設計されたことを明確に示している。素材は18金ホワイトゴールド。ベゼルは平滑、ラグはわずかに手首側へカーブし、ケース側面はサテンとポリッシュで構成される。クロノグラフ・プッシャーは長方形のフラット・タイプで、ケース面から控えめに突き出すかたちをとる。後継 Ref.5172G が採用するピストン型のラウンド・プッシャーとは、設計思想を異にする選択である。
文字盤はシルバリーホワイトのオパライン仕上げ。中央には、ホワイトゴールド製の細身のバトン型時針・分針が走る。3時位置に30分積算計、9時位置にスモールセコンドを配する2レジスター・レイアウトであり、サブダイヤルは文字盤外周のミニッツ・トラックに一部交わる位置に置かれる。限られた文字盤面積にパルスメーター・スケールを併存させるための判断と考えられる。同じ Cal.CH 29-535 PS を搭載しながらサブダイヤルがミニッツ・トラックに重ならない 5170G-010 との明確な対比が、ここに表れる。
応用ブレゲ数字はホワイトゴールド製で、サブダイヤルに重なる位置を除いて配置される。シルバー基調の文字盤に対し、銀色のレリーフが控えめに浮き上がる。中央のクロノグラフ秒針のみが黒く着色され、計時動作時の視認性を担保している。
裏面はサファイア・シースルーバックで、Cal.CH 29-535 PS の姿を露わにする。コラムホイール制御・水平クラッチ方式の手巻きクロノグラフで、毎時28,800振動 (4Hz)、約65時間のパワーリザーブ、33石、269部品からなる。複数の特許機構を含み、仕上げはパテック フィリップ・シールの基準で施される。ストラップは黒のアリゲーター、留具はホワイトゴールドのカラトラバ・クロス・フォールディング・クラスプ。30m防水。
系譜と歴史
5170G-001 は、2013年4月のバーゼルワールド2013で、Ref.5170 ファミリー初の18金ホワイトゴールド・ケース仕様として発表された。先行する 5170J-001(イエローゴールド、2010年発表)はこの時点でカタログに残っていたが、その後数年の間に18金ホワイトゴールドへの主軸移行が段階的に進んだとされる。
2015年のバーゼルワールド2015で、姉妹仕様にあたる Ref.5170G-010 が発表された。エボニー・ブラックのオパライン文字盤、リーフ型針、パルスメーター・スケールの省略、ミニッツ・トラックに交わらないサブダイヤル — 同じ Cal.CH 29-535 PS を搭載しながら、文字盤の文法を大きく転回した一本である。5170G-001 と 5170G-010 は同時期にカタログ上に併存した。
2016年のバーゼルワールド2016で、5170ファミリーにローズゴールド仕様の Ref.5170R-001(シルバリー・オパライン文字盤)と Ref.5170R-010(黒文字盤)が加わると同時に、5170G-001 はカタログから外されたと伝わる。パテック フィリップは公式に生産終了をアナウンスしない方針のため、最終ロットの詳細は外部からの判定が難しい。
5170G-001 の販売終了後も、5170ファミリーの展開は続いた。2017年のバーゼルワールド2017では、Ref.5170P-001(プラチナ、ダイヤモンド・アワーマーカー付ブルー文字盤)が発表されている。5170ファミリー全体は、2019年のバーゼルワールド2019で発表された 41mm 径の Ref.5172G-001(ホワイトゴールド、ブルー文字盤)の登場をもって全面的に置き換えられ、生産を終えた。