設計思想
二つのラジオミールが並んだ年
PAM00538が世に出た2013年は、ラジオミール・コレクションが大きな分岐点を迎えた年であった。同じSIHHジュネーブで、パネライはラジオミール1940ライン(PAM00512、PAM00513、PAM00514、PAM00515)を本格展開している。1940ケースは1950年代のRef. 6152/1を範に取り、ラグをケースと同じブロックから削り出すことで堅牢性を高めたものだ。本機はそれとは別の系譜に立つ。1936年から1938年のプロトタイプに遡る、ケースバンドにワイヤー・ループ式のラグを溶接で取り付けた、いわば「最初のラジオミール」の系統である。45mmのレッドゴールド・クッションケースは、新ラインの興奮の傍らで、原点の作法を守る役回りを担っていた。
P.2002というキャリバーの選択
ムーブメントには、P.2002系列のスケルトン版にあたるCal. P.2002/10が選ばれた。原型のP.2002は、2005年に発表され、翌2006年のルミノール1950 8デイズGMT(Ref. PAM00233)で初搭載された、パネライ初の自社製キャリバーである。それまでETAベースの調達機構に依存していたパネライにとって、ヌーシャテルの自社マニュファクチュールで設計・製造されたP.2002は、ブランドが「真の製造者」へと移行する象徴的な存在であった。3つの主ゼンマイによる8日間のパワーリザーブ、GMT機能、リューズを引いた際に秒針が0位置へ戻るゼロリセット機構という意欲的な仕様は、この系列を長く支持する層を生んだ。本機はその系譜にスケルトン化加工を加えた/10バリアントを採用し、サファイアシースルーバックから橋の透過構造を見せる仕立てとした。
ブティック限定300本という位置
PAM00538は通常のカタログラインではなく、世界のパネライ・ブティックでのみ供給された限定300本の特別仕様である。同じ45mmレッドゴールドのGMTシリーズには、前年2012年に250本限定で発表されたPAM00497(ラジオミール 10デイズ GMT オートマチック オロロッソ、Cal. P.2003搭載)が存在しており、本機はその翌年に「手巻きでよりピュアな構成」を求める層への回答という性格を持つ。フルアラビア数字のPAM00497に対し、本機がインデックスのみの清廉な青文字盤を選んだ点も、両者の住み分けを示している。翌2014年には47mm化した姉妹機PAM00598(ラジオミール 3デイズ GMT オロロッソ ブルー、限定200本、Cal. P.3001/10搭載)が登場し、ブルーダイヤルとオロロッソの組合せはRadiomirの特別仕様を象徴するモチーフとして定着していくことになる。
意匠分析
直径45mmのケースは、1936年から1938年のプロトタイプに範を取った、いわゆる「初代」ラジオミールの作法に従う。ケースバンドの上下にワイヤー・ループ状のラグを溶接で取り付けた構造で、後年の1940ケースが持つ削り出しの量感とは異なり、輪郭は丸みを残す。本機ではこのラグが取り外し式となっており、ストラップ交換時の自由度を確保しつつ、パネライがパテントを取得した固定機構によって組み付けの剛性を担保する。
ベゼルは18ctレッドゴールドのポリッシュ仕上げで、フロントには厚さ1.2mmのサファイアクリスタルが収まる。両面に施された無反射コーティングが、屋内光下でも青文字盤の色相を素直に拾わせる。リューズはねじ込み式で、OPロゴを刻印したクラウンを締め込むことで5気圧(50m)の防水性能を確保する。1940ケースが採用する円筒形リューズに対し、本機のリューズは初代ラジオミール由来のオニオン状の形状を保つ。
文字盤はアラビア数字を一切配さない清廉な構成である。同シリーズの多くがサンドイッチ構造で12と6にアラビア数字を抜くのに対し、本機はバー型インデックスのみで時刻を示す。3時にデイト窓、9時にスモールセコンドと24時間インジケーター、6時にリニア式パワーリザーブを置く配置はP.2002系列を搭載する他のRefと共通だが、地のブルーがそれらの機能表示を浮き立たせる役回りを担う。
シースルーケースバックからは、スケルトン化された地板と橋が見通せる。これがP.2002からP.2002/10への加工上の変更点であり、3つの香箱とその上を渡る橋の構造、香箱から脱進機へと連なる輪列の運動を観察できる仕立てとなっている。ストラップは深い色味のアリゲーターを採用し、18ctレッドゴールドのバックルで留める。
系譜と歴史
2013年1月、ジュネーブで開催されたSIHHにおいて、ラジオミール 8デイズ GMT オロロッソ(Ref. PAM00538)は正式に発表された。同年のラジオミール・コレクションは新規にラジオミール1940ライン(PAM00512、PAM00513、PAM00514、PAM00515)を加える年でもあり、本機はその傍らで初代ラジオミールケースの系譜を維持する側として登場している。生産はパネライのヌーシャテル・マニュファクチュールが担い、18ctレッドゴールドのケース加工と、スケルトン化されたCal. P.2002/10の組み込みが行われた。
本機はカタログの通常ラインではなく、世界各地のパネライ・ブティック専売の限定モデルとして供給された。限定数は300本である。発表時に名乗った「オロロッソ」(Oro Rosso) は、当時のパネライにおける18ctレッドゴールドの呼称であった。その後、パネライは銅と微量の白金を加えた独自配合の赤金合金「ゴールドテック」(Goldtech) を導入し、現行カタログのアーカイブページでは本機の素材表記もGoldtechに更新されているが、2013年の発表時点でこの呼称が用いられたとは伝わっていない。
2014年には47mm化した姉妹機PAM00598(ラジオミール 3デイズ GMT オロロッソ ブルー、限定200本、Cal. P.3001/10搭載)が発表され、ブルーダイヤルとオロロッソの組合せはRadiomirの特別仕様として継承されていく。PAM00538はその先駆的存在であり、当然ながら現在は新規生産を終えている。