マックス・ビル
1908-1994。バウハウスに学んだスイスの造形家で、ユンハンスの厨房時計と腕時計に数字と目盛だけの文字盤を与えた人物
- BORN
- 1908年
- DIED
- 1994年
- BRAND
- ユンハンス — 1861年創業
- MODELS
- 2 本
概要
マックス・ビル(Max Bill、1908-1994)はスイスの建築家・造形家である。デッサウのバウハウスで学び、絵画、彫刻、グラフィック、建築、工業デザインを横断して活動した。戦後はウルム造形大学の共同創設者として校舎を設計し、初代校長を務めた。時計との関わりは1956年、ドイツのユンハンスから厨房時計の設計を託されたことに始まる。1961年からは同社の腕時計を手がけ、数字と目盛だけで組んだ文字盤は、60年以上を経た現在も同社の製品に受け継がれている。
生涯
01銀細工の見習いからバウハウスへ
マックス・ビル(Max Bill)は1908年12月22日、スイス北部の町ヴィンタートゥールに生まれた。1924年から1927年まで、チューリッヒの工芸学校で銀細工を学ぶ。修業を終える前に学校を去った経緯には、謝肉祭の化粧のまま授業に遅れたためという逸話が伝わる。
次に向かったのが、ドイツ・デッサウのバウハウスである。チョコレート会社スシャールのポスターで得た賞金が、その資金になったと伝わる。在籍中はパウル・クレー、ヴァシリー・カンディンスキー、ヨゼフ・アルバースらの授業を受けた。
02チューリッヒの造形家として
1929年にチューリッヒへ戻ったビルは、翌1930年に自身のアトリエを構えた。広告デザインで生計を立てながら、建築、絵画、彫刻に取り組む日々である。1933年には最初の彫刻を制作した。
同じ1930年代前半、パリの抽象美術家の団体「アプストラクシオン=クレアシオン」に加わる。ハンス・アルプやジョルジュ・ヴァントンゲルローらと、同じ展示で作品を並べた。テオ・ファン・ドゥースブルフの用語を下敷きに、数学的な秩序で画面を組む「コンクリート・アート」を理論化したとされる。1936年にはミラノ・トリエンナーレに参加し、以後ミラノとの関係を深めた。1937年にはスイスの芸術家団体アリアンツに加わっている。
1944年頃から、ビルの関心は日用品の設計へ広がった。1949年にはスイス工作連盟のために展覧会「グーテ・フォルム(よい形)」を組織し、用途に即した形の価値を説いた。この展覧会は巡回展として各地を回ったとされる。
03ウルム造形大学の時代
戦後、ビルはドイツ南部ウルムに設けられた造形大学の共同創設者の一人となる。校舎の設計を担い、初代校長として教育課程を組み立てた。オランダ出身のハンス・ギュジョロとともに、腰掛け「ウルム・スツール」を設計したとされる。この学校はバウハウスの後継として語られ、企業と組んだ製品開発に力を入れた。ユンハンスから時計の依頼を受けたのも、この校長時代である。
1956年、ビルは校長職を退いた。翌1957年にはチューリッヒでアトリエを再開し、以後は再び絵画、彫刻、建築を軸に活動する。
04晩年と顕彰
1967年から1974年まで、ハンブルクの州立美術大学で環境デザインの教授を務めた。1985年にはベルリンのバウハウス・アーカイヴ協会の会長に就いたとされる。1993年には高松宮殿下記念世界文化賞の彫刻部門を受賞した。翌1994年12月9日、ベルリンで没した。85歳であった。
業績・代表作
01厨房時計という出発点
1956年、ユンハンスがビルに託したのは、短時間タイマーを備えた厨房時計の設計であった。同社が示した条件は、8日巻きの機械式ムーブメント「エグザクタ」を使うことと、ケースを陶器にすることの2点だけだった。
ビルはウルムの学生エルンスト・メックルと共同でこれを設計した。大きな円の時計と小さな円のタイマーを上下に重ね、その輪郭を包むと涙滴形の外形になる。外形は装飾として描かれたのではなく、2つの円の配置から導かれている。ケースは淡い青に釉がけされた陶器で、パステル調が好まれた1950年代の空気をまとっている。中身は後に電池式へ改められ、1960年代にはトランジスタ制御のムーブメントも使われたとされる。
02文字盤の文法
ビルが整えたのは、時刻を読むための要素だけで組んだ文字盤である。分の位置を短い線で刻み、時の位置には長い線とアラビア数字を置いた。円形の文字盤は針が描く軌跡と一致し、時計にとって最も筋の通った形だと同社の資料は説明する。数字は印刷書体に近い簡潔な形だが、「4」の字形に独自の癖があるとされる。
この文字盤は1959年の壁掛け時計に展開され、1961年からは腕時計に移された。同社の資料によれば、その間の1958年には置時計も加わっている。腕時計では、目盛の内側に時の数字を置く型と、数字を省いて線だけで構成する型が用意された。どちらも厨房時計で定めた目盛と数字の構成を、小さな円の中に移している。初期の腕時計には、ユンハンス自社の手巻きキャリバーJ84が搭載されたと伝わる。
03機能の一部としての美
ビルにとって時計は、絵画や彫刻と切り離された仕事ではなかった。コンクリート・アートで追った数学的な秩序を、日用品では読みやすさの秩序に置き換えている。黄金比も、比例を決める際の道具の一つだったと伝わる。後に「プロダクトフォルム」という語で、目的に即した形と環境全体の造形を論じたとされる。
美しさについて、ビルは次のように語っている。機能的なデザインは美を機能の構成要素の一つとして扱うが、ほかの主要な機能を上回らせてはならない、と。厨房時計の文字盤に足されたものがないのは、美を後から加えるのではなく、読む行為の順序そのものを形にした結果である。
04ユンハンスの外での時計
1987年にはオメガの限定シリーズ「アート・コレクション」に参加したとされる。複数の作家が名を連ねたこのシリーズで、ビルは裏蓋にはめ込む多色のエナメル装飾を手がけたと記録される。ユンハンスでは文字盤の読みやすさを、オメガでは裏蓋の造形を担った。時計という同じ器に、デザイナーとしての顔と美術家としての顔が別々に表れている。
評価・後世への影響
ビルの腕時計は、発表当初から受け入れられたわけではない。当時好まれた時計の様式とかけ離れていたため、商業的な成果には結びつかなかったと伝わる。転機は1990年代に訪れた。ユンハンスはビルの設計による腕時計を改めて製品化し、復刻の開始は1997年とされる。以後この系譜は同社の主力となり、現在の腕時計シリーズ「マックス・ビル」へと続いている。手巻きと自動巻きに加え、クォーツや電波修正の機種にも同じ文字盤が使われている。
時計としての評価は、美術館の収蔵にも表れている。厨房時計はニューヨーク近代美術館(MoMA)が収蔵し、戦後の「よいデザイン」の典型として紹介した。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館やクーパー・ヒューイットも同じ時計を所蔵する。2018年に開館したユンハンスのテラッセンバウ博物館も、ビルの時計に展示の一角を割いている。
2021年には、ビルの腕時計の誕生60年を記念して3本組の限定セットが発表された。作品全体の再評価も続いている。2026年3月から7月には、スイス南部キアッソのm.a.x.美術館で回顧展「美の文法」が開かれた。絵画、彫刻、グラフィック、デザインにわたり、150点を超える作品が並んだ。時計はビルの仕事のごく一部にすぎない。それでも彼の造形原理を最も多くの人の日常に届けたのは、腕の上の小さな文字盤であった。
この人物が関わったモデル
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Clock With Kitchen Timer
- 02 公式 Max Bill Küchenuhr mit Kurzzeitmesser
- 03 公式 Geschichte Max Bill / History Max Bill(Junghans カタログ 2017–2018年)
- 04 公式 Geschichte Max Bill / Max Bill History(Junghans カタログ 2011年)
- 05 公式 Max Bill. Kitchen Clock. 1956–1957
- 06 公式 Kitchen wall clock | Moeckl, Ernst | Bill, Max
- 07 報道 Bauhaus-Ikone von Junghans
- 08 報道 Max Bill von Junghans: Kultige Uhr jetzt in Schwarz
- 09 報道 Max Bill | Swiss artist
- 10 報道 Max Bill, l’architetto invisibile della modernità
- 11 専門メディア Junghans Terrassenbau Museum
- 12 専門メディア Max Bill — Biografie
- 13 専門メディア Bill, Max
- 14 専門メディア Introducing - Junghans Max Bill Edition 60 Set of 3 Watches
- 15 専門メディア Mario Botta, Max Bill, and the concept of beauty
- 16 専門メディア Junghans Max Bill: die legendäre Bauhaus-Uhr
- 17 専門メディア max bill (1908-1994): la grammatica della bellezza
- 18 オークション OMEGA ''ART COLLECTION'' DESIGNED BY MAX BILL 18K WHITE GOLD