厨房時計から生まれた言語
マックス・ビルの設計言語は、腕時計より先に壁の上で生まれた。Junghansがバウハウス出身の造形家マックス・ビル(1908-1994)に協業を求めたのは1956年のことである。ビルは1927年にデッサウのバウハウスで学び、のちにウルム造形大学を共同で創設した、20世紀を代表する造形家の一人だった。
最初の成果は、丸みを帯びた涙滴形の厨房時計(Küchenuhr)であった。ビルはウルムの学生とともにこれを設計し、時計に短時間タイマーを組み合わせた。彼はこの時計を、家庭で唯一の時計になりうるものと考えていた。子どもが初めて数字を読み、時間の順序を学ぶための道具。だからこそ文字は明快でなければならない、と彼は語ったとされる。装飾を削ぎ、読みやすさだけを残すこの姿勢が、後の腕時計の出発点になった。