03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
パワーマティック80という潮流
H-10の出自を語るには、スウォッチグループが2010年代前半に進めた基幹ムーブメントの刷新に触れる必要がある。グループ内のETAは、長年の主力であった汎用自動巻ETA 2824系を母体に、駆動時間を大きく延ばした新世代を設計した。これが「パワーマティック80」と呼ばれる一群であり、内部呼称はC07系である。2013年にティソが先行して市場へ送り出し、続いてサーティナやミドー、ラドー、そしてハミルトンへと広がった。ハミルトン版がH-10にあたる。
80時間という目標と、その代償
新世代が掲げた目標は、約38時間にとどまっていた従来の駆動時間を、80時間まで延ばすことであった。設計陣は香箱とゼンマイを刷新する一方で、テンプの振動数を従来の28,800vph (4Hz)から21,600vph (3Hz)へと意図的に下げている。振動数を抑えれば単位時間あたりの消費エネルギーが減り、同じ巻き上げ量でより長く駆動できる。この選択は議論も呼んだが、欠点というより、長時間駆動を優先した設計思想の表れと捉えるのが妥当である。
ニヴァクロンへの移行
登場当初のH-10は、従来型のヒゲゼンマイを備えていた。転機となったのが、スウォッチグループが2018年に発表した耐磁合金ニヴァクロンである。ハミルトンは2019年頃から順次これを採用し、やがて非搭載世代を置き換えていった。現行のH-10はチタンベースのニヴァクロン製ヒゲを標準とし、日常的な磁気環境への耐性を高めている。
グループ内で共有される基盤
C07系は、ティソではパワーマティック80、ミドーではキャリバー80といった具合に、ブランドごとに異なる呼称と仕上げで展開される。H-10もその一員であり、ハミルトン固有の機構というより、グループ全体の技術基盤を共有する存在である。手の届く価格帯で長時間駆動と一定の耐磁性を両立させた点に、このキャリバーの産業的な意義がある。
04 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
H-10の基本骨格は、長く業界の標準であったETA 2824系に由来する。輪列と自動巻機構の基本設計を引き継ぎ、石数は25石を数える。直径は25.6mm(11.5リーニュ)で、汎用機としては標準的な大きさに収まる。
最大の改変は、80時間という駆動時間を支える香箱まわりにある。設計陣はゼンマイをより長く薄いものへ置き換え、香箱の車や軸を細く取り直すことで、限られた容積により多くのエネルギーを蓄えられるようにした。加えて、テンプの振動数を21,600vph (3Hz)に設定する。これは毎秒6振動にあたり、従来の28,800vph (4Hz、毎秒8振動)より低い。振動数とは1時間あたりにテンプが刻む振動の数で、これを抑えるほど単位時間の消費エネルギーは減り、同じ巻き上げ量でより長く時を刻める。一般に振動数が高いほど外乱に対して安定し精度面で有利とされるため、ここには長時間駆動と精度安定のあいだの取捨選択がある。
緩急の調整方式にも、この系統ならではの特徴がある。多くの汎用キャリバーが緩急針(レギュレーター)でヒゲゼンマイの有効長を変えて精度を整えるのに対し、C07系はその緩急針を廃し、テン輪のスポーク上に設けた小さな調整ネジで慣性モーメントを変える、いわゆる無調整(フリースプラング)テンプに近い構成を採る。ヒゲの幾何が衝撃で乱れにくく耐衝撃性に寄与する一方、調整には相応の技量を要する。
ヒゲゼンマイには、現行世代でニヴァクロンが用いられる。これはニヴァロックス・ファーが手がけるチタンベースの合金で、シリコンとは異なる金属系の素材でありながら、高い耐磁性を備える点に意義がある。シリコンヒゲに見られる脆さの懸念を避けつつ、金属ヒゲの扱いやすさを保ったまま磁気への耐性を高める狙いがあるとされる。
脱進機の構成は、C07系内の仕様差として理解するとわかりやすい。基幹となるC07.111系は石数を23石にとどめ、パレットに宝石を持たない樹脂系の脱進機を用いる。一方、H-10にあたるC07.611は25石で、一般的な宝石付きの脱進機を備えるとされる。両者の差は、石数の違いにも表れている。仕上げはモデルにより異なり、コートドジュネーブやペルラージュ、スネイル仕上げなどが施される。スケルトン化したH-10-Sでは、可視部分の装飾がより前面に出る。
なお、C07系のうちクロノメーター認定を受けるのはシリコンヒゲを備えるC07.8系が中心で、ニヴァクロン製のH-10は公式の精度規格を掲げない世代が多いと伝わる。