系譜と歴史
1. 前世代キャリバーの限界
Cal. 4302の理解には、前任Cal. 3120が起点となる。Cal. 3120は2003年頃に開発され、2005年のRoyal Oak Ref. 15300(39mm)に初搭載された、Audemars Piguet初の自社製自動巻ムーブメントである。それ以前のRoyal Oakはジャガー・ルクルト製Cal. 920系(AP銘ではCal. 2121)に依存しており、Cal. 3120の登場は同社が真のマニュファクチュールとなる転換点であった。
しかしCal. 3120は、直径26.6mm、振動数21,600vph(3Hz)、パワーリザーブ60時間という、2000年代初頭の標準スペックを保持していた。2010年代に入り市場が要求する性能水準が上昇すると、いくつかの制約が顕在化する。2012年に登場したRoyal Oak Ref. 15400(41mm)においては、26.6mm径のキャリバーは41mmケース内で相対的に小さく、デイト窓位置のデザイン的バランスにも影響を与えていた。さらに3Hzの振動数とPR60時間という構成は、各社が4Hz化と70時間以上のPR延伸を進める潮流の中で見劣りするようになっていた。
2. 4300/4400ファミリーの誕生
新世代キャリバーの開発は、CEOフランソワ=アンリ・ベナミアスの体制下で進められた。Le Brassusに専用の新生産ラインを構築し、ベースキャリバーのAP 4300系と、初の自社製インテグレーテッド・クロノグラフであるAP 4400系を、共通アーキテクチャの上に並行設計する方針が採られた。両系列は香箱、レギュレーター、巻上機構、輪列の主要部品を共有し、生産効率と整備性を両立する設計思想が貫かれている。
AP 4300系の内訳は次の通りである。時分秒+デイト版がCal. 4302、ノーデイト版がCal. 4309(部品数225)、4309にスターホイール・モジュールを加えフライングトゥールビヨンへ展開したのがCal. 4310である。クロノグラフ側のAP 4400系には、コラムホイールと垂直クラッチを備えたフライバック式自社製クロノグラフのCal. 4401が属する。
3. SIHH 2019における発表
Cal. 4302は2019年1月のSIHH(現Watches and Wonders)で発表された6つの新キャリバーのうちの1基として、新コレクション「Code 11.59 by Audemars Piguet」とともに披露された。同コレクションのCode 11.59 Selfwinding(Ref. 15210)を皮切りに、同年中にRoyal Oak Selfwinding 41mm Ref. 15500STにも搭載され、Cal. 3120が長く担ったRoyal Oak三針デイトの世代交代を担った。Royal Oakでは2022年の50周年に際してRef. 15510へ進化したが、ムーブメントはCal. 4302が継続採用されている。
4. 業界における位置
2010年代後半は、各マニュファクチュールが新世代の基幹自動巻を相次いで投入した時期である。ロレックスCal. 3235系(2015年、70時間PR)、オメガCal. 8800系(同年、Master Chronometer認定)などが先行する中、APは2019年のCal. 4302で現代的スペックを備えた新世代基幹を獲得した。Code 11.59とRoyal Oakという性格の異なる2系統に同一基幹を供給するアーキテクチャは、設計から組立、整備までの全工程効率を高める戦略的選択である。