AP 2121
1967年に4社共同で生まれ、ロイヤル オークを半世紀支えた薄型自動巻の規範。21金の周辺ローターが象徴する設計思想
Cal. 2121は、オーデマ ピゲが1970年に発表した薄型自動巻キャリバーである。1967年のCal. 2120に日付機構を加えた派生型で、開発の母体はジャガー・ルクルト主導のCal. 920プロジェクトに遡る。APとパテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタンの三社が出資した共同開発の成果である。直径28mm、厚さ3.05mm、振動数 21,600 bph (3 Hz)、36石、パワーリザーブ約40時間。21金製の周辺ローターが4個のルビーローラー上を回転する独創的構造を備える。1972年のロイヤル オーク Ref. 5402以来、2022年の世代交代まで半世紀にわたり同モデルの基幹を担った。
| Maker | Audemars Piguet |
|---|---|
| Reference | AP 2121 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 21,600 bph (3 Hz) |
| Jewels | 36 石 |
| Power reserve | 40 h |
| Movement ⌀ | 28.4 mm |
| Hands | Hours, Minutes |
| Date | Date |
系譜と歴史
1. 1960年代、共同開発という選択
1960年代後半、機械式時計産業は二つの圧力に同時にさらされていた。一方では日本勢の自動巻技術の急速な発展、他方ではクォーツ革命の予兆である。スイス高級時計の名門にとっても、薄型自動巻という難題に単独で挑むには技術的・資金的負担が大きすぎた。
そこで企てられたのが、ジャガー・ルクルト主導の共同プロジェクトであった。技術開発の中核はジャガー・ルクルトが担い、資金と仕様要請の側に立ったのがオーデマ ピゲ、パテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタンの三社である。1967年、その成果がジャガー・ルクルトCal. 920として誕生する。厚さわずか2.45mm、全周ローター式の自動巻として当時最薄であった。完成後、ジャガー・ルクルト自身は本機を自社モデルに搭載することなく、エボーシュとして三社に供給する形を取ったと伝わる。各社はそれぞれの番号と仕上げを与え、オーデマ ピゲは「Cal. 2120」と命名した。
2. Cal. 2121の登場とロイヤル オークの誕生
1970年、APはCal. 2120に日付機構を加えた派生型を発表する。これがCal. 2121である。日付ディスクとその駆動系を組み込んでも、厚みは3.05mmにとどまった。
1972年4月、バーゼル・フェアでロイヤル オーク Ref. 5402STが公開される。ジェラルド・ジェンタ設計の39mmスチールケースに、Cal. 2121が収まる構成であった。ケース全体の厚みは約7.15mmに抑えられ、後にラグジュアリースポーツウォッチと呼ばれる新カテゴリーの基準点となる。Cal. 2121の薄さがなければ、このプロポーションは技術的に成立しなかった。ロイヤル オークの輪郭そのものが、ムーブメントの寸法によって規定されていたのである。
3. 派生機構と他社の歩み
Cal. 2120系は、APの複雑機構の基盤としても展開された。1978年に発表されたCal. 2120/2800系は、薄型のローター構造と永久カレンダーモジュールを組み合わせ、当時世界最薄の自動巻永久カレンダーとして登場する。その後Cal. 2120/2802、Cal. 2120/2808、Cal. 2120QP等の派生が続き、中央秒針付きのCal. 2122、自動巻日付仕様のCal. 5122も生まれた。
一方、共同開発の他三社も同じエボーシュを別名で運用していた。ヴァシュロン・コンスタンタンはCal. 1120/1121としてRef. 222や後年のオーヴァーシーズに搭載し、パテック フィリップは28-255Cとして初代ノーチラス Ref. 3700/1Aに採用した。パテックは1980年代に自社製ムーブメントへ切り替え本機の使用を終えている。2000年にジャガー・ルクルトがリシュモングループ入りした際、本機の製造権はAPとヴァシュロン・コンスタンタンへ移管されたと伝わる。
4. 半世紀の幕引き
Cal. 2121の生産は2022年に終了する。同年、ロイヤル オーク50周年に合わせて新Ref. 16202が発表され、後継機としてCal. 7121が搭載された。Cal. 7121は28,800vph(4Hz)、55時間パワーリザーブ、クイックデート機構を備え、性能面で明確に進化している。一方で厚みは3.2mmへわずかに増し、ローターは中央ベアリング方式へ回帰した。1967年の薄さ追求の思想が、その極限の形のまま55年を生き延びたという事実は、Cal. 2121の歴史を語る上で動かしがたい指標となる。
技術解説
Cal. 2121は、直径28mm、厚さ3.05mmの薄型自動巻ムーブメントである。振動数 21,600 bph (3 Hz)、石数36石、パワーリザーブ約40時間。総部品点数は247点を数える。テンプはフリースプラング型で、慣性質量を可変できる重錘を備える(パテック フィリップのジャイロマックスと同構造)。ヒゲゼンマイはフラット(平ヒゲ)、可動式のスタッドホルダーを採用する。
周辺ローター方式という構造的選択
本機の設計上の核心は、ローターの構造にある。中心軸にボールベアリングを置く一般的な全周ローターと異なり、Cal. 2121では地板の外周に4個のルビー製ローラーを配置し、その上を21金製のローター外輪が滑走する。中心部のハブから放射状に伸びた骨格に重量質量を逃がした、いわゆる「周辺ローター方式(peripheral rotor)」である。ローターの軸方向の厚みを最小化することができ、自動巻機構を含めても2120で2.45mm、日付機構を加えた2121で3.05mmという数値を実現する。
中央配置の二番車
もう一つの特徴は、二番車を文字盤中心に配置している点である。一般的な薄型自動巻、とりわけマイクロローター機では、二番車とローター軸の干渉を避けるため二番車を中心から外す設計が採られる。しかし中心からずらすと、針合わせ時に針が動きやすくなるという二次的な問題が生じる。Cal. 2120/2121は中心軸方式を維持しつつ、ローター側を周辺化することでこの矛盾を解いた。薄さと操作感の両立を、機構配置の発想で解決した稀有な例である。
双方向スイッチング・ロッカー
自動巻機構には、双方向のスイッチング・ロッカーが用いられる。ローターの回転はブリッジ上の中継車2枚を経て、地板左下のロッカーへ伝達される。ロッカーは回転方向を一方向に整流し、さらに3枚の中継車を経由して香箱を巻き上げる構造である。スイッチング・ロッカー方式は摩耗に強く堅牢であるが、巻き上げ効率は必ずしも高くない。この欠点を補うため、密度の高い金製ローターが採用されているとされる。
テンプとヒゲゼンマイ
テンプはフリースプラング構造で、緩急針を持たない。重錘の位置を調整することで歩度を制御するため、外部からの衝撃で歩度がずれにくい。初期のCal. 2120はジャイロマックス型のテンプとフリースプラング平ヒゲを採用し、後の派生Cal. 2120/1ではグルシダル合金製の環状テンプと伝統的な緩急針機構を備えた仕様も存在したと伝わる。脱進機はスイスレバー式の伝統的構成だが、KIF系の耐衝撃機構を備える点で、運動性のあるスポーツウォッチへの搭載を可能にしている。
仕上げ
地板にはペルラージュ、受け板にはコート・ド・ジュネーブ(ジュネーブ条線)、各エッジには面取り研磨(アングラージュ)が施される。スケルトン仕上げのローター外輪はAPロゴの彫刻を持ち、ピンクゴールド地のものとロジウム仕上げのものが世代によって混在する。
数値ではなく構造的選択の積層によって薄さを実現した点に、本キャリバーの設計思想がある。回転体・歯車・テンプを別の階層に整理し、軸方向への積み上げを徹底的に切り詰める。この発想が、1967年当時の技術水準で2.45mmという数値を可能にし、2022年まで半世紀近くにわたって他の薄型ローター式自動巻が容易には抜けない基準を立てた。