系譜と歴史
1. 1960年代、共同開発という選択
1960年代後半、機械式時計産業は二つの圧力に同時にさらされていた。一方では日本勢の自動巻技術の急速な発展、他方ではクォーツ革命の予兆である。スイス高級時計の名門にとっても、薄型自動巻という難題に単独で挑むには技術的・資金的負担が大きすぎた。
そこで企てられたのが、ジャガー・ルクルト主導の共同プロジェクトであった。技術開発の中核はジャガー・ルクルトが担い、資金と仕様要請の側に立ったのがオーデマ ピゲ、パテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタンの三社である。1967年、その成果がジャガー・ルクルトCal. 920として誕生する。厚さわずか2.45mm、全周ローター式の自動巻として当時最薄であった。完成後、ジャガー・ルクルト自身は本機を自社モデルに搭載することなく、エボーシュとして三社に供給する形を取ったと伝わる。各社はそれぞれの番号と仕上げを与え、オーデマ ピゲは「Cal. 2120」と命名した。
2. Cal. 2121の登場とロイヤル オークの誕生
1970年、APはCal. 2120に日付機構を加えた派生型を発表する。これがCal. 2121である。日付ディスクとその駆動系を組み込んでも、厚みは3.05mmにとどまった。
1972年4月、バーゼル・フェアでロイヤル オーク Ref. 5402STが公開される。ジェラルド・ジェンタ設計の39mmスチールケースに、Cal. 2121が収まる構成であった。ケース全体の厚みは約7.15mmに抑えられ、後にラグジュアリースポーツウォッチと呼ばれる新カテゴリーの基準点となる。Cal. 2121の薄さがなければ、このプロポーションは技術的に成立しなかった。ロイヤル オークの輪郭そのものが、ムーブメントの寸法によって規定されていたのである。
3. 派生機構と他社の歩み
Cal. 2120系は、APの複雑機構の基盤としても展開された。1978年に発表されたCal. 2120/2800系は、薄型のローター構造と永久カレンダーモジュールを組み合わせ、当時世界最薄の自動巻永久カレンダーとして登場する。その後Cal. 2120/2802、Cal. 2120/2808、Cal. 2120QP等の派生が続き、中央秒針付きのCal. 2122、自動巻日付仕様のCal. 5122も生まれた。
一方、共同開発の他三社も同じエボーシュを別名で運用していた。ヴァシュロン・コンスタンタンはCal. 1120/1121としてRef. 222や後年のオーヴァーシーズに搭載し、パテック フィリップは28-255Cとして初代ノーチラス Ref. 3700/1Aに採用した。パテックは1980年代に自社製ムーブメントへ切り替え本機の使用を終えている。2000年にジャガー・ルクルトがリシュモングループ入りした際、本機の製造権はAPとヴァシュロン・コンスタンタンへ移管されたと伝わる。
4. 半世紀の幕引き
Cal. 2121の生産は2022年に終了する。同年、ロイヤル オーク50周年に合わせて新Ref. 16202が発表され、後継機としてCal. 7121が搭載された。Cal. 7121は28,800vph(4Hz)、55時間パワーリザーブ、クイックデート機構を備え、性能面で明確に進化している。一方で厚みは3.2mmへわずかに増し、ローターは中央ベアリング方式へ回帰した。1967年の薄さ追求の思想が、その極限の形のまま55年を生き延びたという事実は、Cal. 2121の歴史を語る上で動かしがたい指標となる。