設計思想
1. 二大複雑機構を再び薄さに収める
2019年のSIHHでVacheron Constantinが発表した本機は、同社が長く積み上げてきたミニッツリピーターと永久カレンダーの組み合わせを、現代の技術で再構築した一作である。Les Cabinotiers 部門が手掛ける一点物として、ホワイトゴールド/ブルーダイヤル (本機 Ref. 6610C/000G-B511) と、ピンクゴールド/ブラウンダイヤル (姉妹個体 Ref. 6610C/000R-B510) の二点が披露された。
打鍵機構と暦機構の同居は、機械式時計が向き合う最も難しい主題のひとつとされる。鳴り物の振動が暦の歯車を狂わせず、暦盤の高さが薄型ケースを圧迫しないこと。本機の核は、この二律背反を Cal. 1731 という既存資産の上で解いた点にある。
2. Cal. 1731 から Cal. 1731 QP へ
2013年、Vacheron Constantin は厚さ3.90mmのミニッツリピーター・ムーブメント Cal. 1731 を発表していた。Patrimony Contemporaine Ultra-Thin に搭載されたこの機構は、当時、世界最薄ミニッツリピーター・ウォッチを支えるケース厚 (8.09mm) の核として注目された。名称は創業者 Jean-Marc Vacheron の生年 (1731年) に由来する。
本機の Cal. 1731 QP は、この薄型ベースに永久カレンダーモジュールを重ねたものである。完成したムーブメントの厚さは5.70mmにとどまり、これを内包するケースは10.44mm厚に収まった。曜日・日付・月・うるう年・月相と、時報・分報のすべての打鍵を、この寸法で両立させている。
3. 1992年のRef. 30020 を現代に呼び戻す
Vacheron Constantin がミニッツリピーターと永久カレンダーを組み合わせた前例は、本機が最初ではない。1992年に発表された Ref. 30020 (Cal. 1755系統) は、時・四分・分の三段打鍵に永久カレンダーを組み合わせた異例の一作として知られる。1990年代の同社が高級複雑路線への回帰を果たす上で、象徴的な存在だったと伝わる。
本機は、その Ref. 30020 を直接の後継として設計されたわけではない。それでも、二大複雑をひとつの薄さに収めるという思想において、約27年の時を隔てて同じ問いに対する解答を提示している。SIHH 2019での発表後、6610C系のラインに新たな派生は加えられず、本機と姉妹個体の二点が、この設計を体現する唯一の物として残されている。
意匠分析
ケースは18Kホワイトゴールド、直径42.0mm、厚さ10.44mm。ラウンド形状にポリッシュ仕上げを施した、装飾を抑えた構成である。9時位置の側面にはミニッツリピーターを起動するためのスライドが埋め込まれており、これがケースを一周する曲線を唯一中断する要素となる。本機は Les Cabinotiers 部門の作であるが、ケース意匠は Patrimony の語彙に近く、複雑機構の存在を外観から強く主張しない設計が貫かれている。
ダイヤルはブルー(オパーリン仕上げとされる)を基調とし、棒型と点型を組み合わせたインデックス、ポワール (Poire) と呼ばれる洋梨形の針が配される。永久カレンダーの曜日・日付・月・うるう年表示はダイヤル上部の小窓と小針に集約され、ムーンフェイズはダイヤル下半部に大きく確保される。窓を上に寄せて月相を主役に据えるレイアウトは、Vacheron Constantin の永久カレンダー機が長く守ってきた構図と地続きにある。
ムーブメントは手巻きの Cal. 1731 QP。直径32.80mmに対し厚さは5.70mmで、ミニッツリピーターと永久カレンダーをこの扁平な構成に同居させている点が本機の設計上の中核である。構成部品は438点、毎時21,600振動 (3Hz)、パワーリザーブは65時間。サファイアバック越しに、ブリッジの面取りや手仕上げの装飾が見える。製品全体は Poinçon de Genève (ジュネーブ・シール) による認定を受ける。Les Cabinotiers 部門は本機のために、ハンマーの打鍵テンポを制御する無音式ガバナーを新たに設計したと伝わる。
ストラップはミシシッピワニ革、バックルはホワイトゴールドの折りたたみ式が組み合わさる。
系譜と歴史
本機は2019年1月、ジュネーブで開催されたSIHH (Salon International de la Haute Horlogerie) 2019にて発表された。Vacheron Constantinは同時に、ピンクゴールド・ケースとブラウンダイヤルを組み合わせた姉妹個体 Ref. 6610C/000R-B510 を披露しており、二点はそれぞれ Les Cabinotiers 部門による一点物 (pièce unique) として世に出た。
新キャリバー Cal. 1731 QP は、本機と姉妹個体のために整えられた構成である。2013年に発表された Cal. 1731 (ミニッツリピーター単機能、厚さ3.90mm) に永久カレンダーモジュールを重ねた組み立てで、二つの複雑機構をひとつの薄型ムーブメントに収めた点が新規開発の中核となった。
一点物として作られた本機には、製造期間中の仕様変更や派生展開は存在しない。Cal. 1731 QP を継承する後続モデルも、2026年時点で公式には発表されていない。一方でVacheron Constantin のミニッツリピーター付き永久カレンダーという系譜そのものは、2024年に発表された Overseas Grand Complication Openface (Cal. 2755 QP搭載) など、別キャリバーの系列に引き継がれている。