設計思想
1. 過去作の集積として登場した新規Ref
5320G-001は、2017年3月開催のBaselworldにてパテック フィリップが発表した自動巻きパーペチュアルカレンダーである。発表時点で、本Refは既存Refの世代交代型ではなく、Grand Complicationsカテゴリに新規枠として加わった。意匠的な核は明確で、同社が過去作のヴォキャブラリーから複数の要素を引用し、現代的な腕時計に統合した点にある。
パテック フィリップは2017年当時、ストレートな永久カレンダーとして5140Gや5327G、永久カレンダー・クロノグラフとして5270を擁していた。5320G-001はそのいずれとも異なる路線、すなわち1940年代のヴィンテージRefからの意匠的継承を前面に出した「過去参照型」の現代QPとして送り出された。
2. 三つのヴィンテージRefからの引用
意匠的素材は概ね三つのRefから引かれている。まずカレンダー表示のレイアウトは、1942年発表の同社初の量産永久カレンダーRef. 1526を出自とする。12時側のツインアパーチャに曜日と月、6時側にムーンフェイズとデイト針を配する構成は、Ref. 1526を起点とする古典的な配置である。
次に、3段に重ねた階段状のラグは、1940年代の3針モデルRef. 2405を参照したものである。アール・デコ末期の意匠であるこのラグ形状は、現代のパテック フィリップではほぼ姿を消していたモチーフだった。そして文字盤の注射筒型ハンドと夜光塗料を備えたアラビア数字は、1944年に1点のみ製造されたステンレススチール製永久カレンダー、Ref. 1591に通じる。Ref. 1591はパテック フィリップ・ミュージアムに収蔵される一品であり、5320G-001はその雰囲気を市販品として翻案した形となる。
3. 5年で完結した一代の生産
本Refの生産は2017年から2022年初頭までの約5年で終了した。2022年4月のWatches and Wonders Genevaにて、クリーム文字盤を金メッキ・オパーリン仕上げのサーモンピンク色に置き換えた後継、Ref. 5320G-011が発表され、5320G-001は廃番となった。後継はケース・ムーブメント・表示レイアウトを本Refから引き継いだ姉妹作で、文字盤と針の色調のみが刷新されている。本Refはそのため、5320系の初代かつ唯一のクリーム文字盤世代として系譜に位置づく。
意匠分析
ケースの主役は、3段に重ねた階段状ラグである。1940年代のRef. 2405から引かれた意匠であり、現行ラインでは類を見ない造形となる。ケースは1ブロックの18Kホワイトゴールドからスタンピング成形され、ベゼル、ラグ、サイドの面取りを機械加工と手仕上げで仕上げる工程をとる。スタンピングは通常、量産品向けの工法と見なされるが、ここではラグの鋭いエッジを実現するために選択されている。
ケース径は40mm、厚さは11.13mm。永久カレンダーとしては比較的薄く、径と厚みの比率が抑えられた結果、ドレスウォッチに近い装着感が得られる。ベゼルにはボックス型のサファイアクリスタルが載り、文字盤側に向かってわずかに膨らんだプロファイルが、ヴィンテージウォッチを思わせる視覚効果を生む。
文字盤はラッカー仕上げのクリーム色で、光線の角度に応じて乳白から淡黄まで色味を変える。アプライドのアラビア数字は、化成処理で黒くした18Kホワイトゴールド製で、夜光塗料が充填されている。針も同様に黒化処理した18Kホワイトゴールド製で、形状は注射筒型のいわゆるシリンジハンド。Ref. 1591の針からの引用となる。中央のスイープセコンドはカウンターバランス付きの細い針で、文字盤の情報量を増やしすぎない配慮が見える。
カレンダー表示は、12時側のツインアパーチャに曜日と月、6時側にムーンフェイズと指針式のデイトを配するRef. 1526系の古典的レイアウト。これに、4時から5時方向に閏年表示、7時から8時方向に昼夜表示の小窓を追加している。後者2つは控えめなサイズで、文字盤全体の整然さを損なわない。
裏蓋はサファイアクリスタル製でムーブメントが鑑賞できるが、本Refにはソリッドケースバックも付属し、装着者の好みで交換できる。ストラップはチョコレートブラウンのアリゲーター、バックルは18Kホワイトゴールドのフォールディングタイプである。
系譜と歴史
5320G-001は、2017年3月にスイス・バーゼルで開催されたBaselworld 2017にて発表された。発表時に提示された定価は82,800米ドルである。シリーズ内では、過去Refを直接置き換える後継ではなく、ヴィンテージRefからの引用を集約した新規ラインとして登場した。
2017年の発表以降、本Refはパテック フィリップのGrand Complicationsカテゴリの定番として継続生産された。生産期間中、ムーブメント・ケース・文字盤の公表ベースの大幅な仕様変更は記録されていない。一方、文字盤に「Tiffany & Co.」のダブルサインを入れた個体が、2021年前後に米国Tiffany & Co.向けの流通枠で販売されたことが確認されており、別注扱いの個体として知られる。
2022年初頭、パテック フィリップは同年に廃番となるRefの一つとして本Refの生産終了を予告した。同年4月のWatches and Wonders Genevaにて、文字盤を金メッキ・オパーリン仕上げのサーモンピンク色に置き換えた後継、5320G-011が発表され、本Refはそのまま生産を終えた。発表から廃番までの生産期間はおよそ5年となる。
廃番後も、永久カレンダー機構およびケース構造は後継5320G-011に継承された。本Refは現在、パテック フィリップの公式コレクションラインナップからは外れている。