設計思想
1. 新規格への移行が遅れた常設モデル
Omegaは2015年以降、METAS(スイス連邦計量・認定局)が完成品を検定するMaster Chronometer規格を、自社製ムーブメントへ順次広げてきた。それでも2021年初頭まで、常設のスチール製Seamaster 300はこの規格の外にあった。前世代の233.30.41.21.01.001が積むのは、2014年に登場したCal.8400である。15,000ガウスを超える耐磁性能は備えていたが、完成品単位のMETAS検定は受けていない。
同じ名を持つ周辺のモデルは、一足先に新規格へ移っていた。2017年の限定復刻234.10.39.20.01.001はCal.8806を搭載する。2018年発表の貴金属モデルも、Cal.8913で規格に対応していたとされる。「234」で始まる番号も、こうしたSeamaster 300ですでに使われていた。その流れを常設のスチール・黒文字盤仕様へ及ぼしたのが、本Refである。
2. 技術の復刻から、時代の気配の復刻へ
2014年の前世代は、研磨セラミックのベゼルにLiquidmetalの目盛を組み合わせ、素材技術を前面に出していた。専門誌には、往年の潜水時計を想起させるには現代的すぎると評する声もあった。現代のダイバーズは、同じブランドのSeamaster Diver 300Mが担う。そのためSeamaster 300は、時代性の表現を求められる立場にあった。2021年の刷新は、この方向を修正した。
継承されたのは、41mmの径、直線的なラグ、ブロードアロー針、デイトを持たない文字盤、そして300m防水である。一方でケースは薄くなり、ベゼルはセラミックから陽極酸化アルミへ、文字盤は二層構造へ移った。素材の序列だけを見れば逆行にも映るが、狙いは経年の風合いを帯びた外観にあった。中身をMaster Chronometerへ進め、外観は1957年の原型の側へ引き戻す。この二方向の調整を、最も素直な組み合わせで示すのが本Refだ。
3. 黒文字盤とブレスレットという基準点
2021年のスチール版は、黒と青の文字盤それぞれにブレスレットと革ストラップを用意した4本で構成される。本Refはそのうち、黒文字盤とブレスレットの組み合わせを受け持つ。前世代で233.30.41.21.01.001が占めていた位置を、そのまま引き継ぐ配置である。
シリーズの顔は、1957年の初代以来、黒文字盤で語られてきた。青文字盤や革ストラップの仕様が表情の幅を広げる一方、本Refは刷新後の設計言語を色の演出に頼らず見せる。新設計のブレスレットと黒文字盤を併せ持つのは、同世代の常設スチール版では本Refだけである。
4. 同世代の兄弟と、骨格の広がり
同時発表のBronze Gold、234.92.41.21.10.001は、同じ41mmのケース形状のまま仕立てを大きく変えた。ベゼルはブラウンのセラミック、文字盤はブロンズ製となり、秒針の先端も矢じり形に改められた。ロリポップ形の秒針は、この世代ではスチール版に限った意匠として整理されている。後年の記念色モデルも、本Refと同じケースとブレスレットの上に成り立つ。黒文字盤とブレスレットという本Refの構成は、同世代の派生を測る基準点でもある。
意匠分析
ケースは径41mmを前任から据え置き、厚みを14.65mmから13.85mmへ0.8mm削った。ベゼルとケースサイドを薄くし、高さの一部を強いドーム形状のサファイア風防に預けた。横から見ると、コインエッジのベゼルから風防が盛り上がり、波形に縁取られた裏蓋へと続く。竜頭ガードを持たない左右対称のケースで、平面のポリッシュとケースサイドのヘアラインが切り分けられる。竜頭はΩを浮き彫りにした円錐形のねじ込み式に改められた。
ベゼルは幅を細め、文字盤の見える開口径を29.5mmから30.4mmへ広げた。インサートは前任の研磨セラミックから、シュウ酸で陽極酸化処理したマットなアルミニウムに替わる。Omegaはこの処理により、通常のアルミの2倍近い硬度を得たと説明している。目盛は最小限に整理され、ヴィンテージ調の色味の蓄光塗料Super-LumiNovaが入る。
文字盤は二枚の板を重ねたサンドイッチ構造である。下層の板に夜光を塗り、上層の板にインデックスと3・6・9・12のアラビア数字を切り抜く。数字は1960年代のSeamaster 300に見られた、輪郭だけを残すオープン書体だ。黒の地はマットで、わずかに粒状感を帯びる。表記はΩのロゴとブランド名、Seamaster 300の名だけに絞られ、ムーブメントの文言は裏蓋へ移された。
針はロジウムめっきの多面カットで、時針がブロードアロー、分針がソード形をとる。秒針は先端の円形部に夜光を充填したロリポップ形である。暗所では時針と分針が異なる色で発光するとされ、潜水時間を読む分針の識別を助ける配色と読める。
ブレスレットは、本Refを革ストラップ仕様から分ける要素である。前任とは仕上げの配置が逆転し、外側のリンクをポリッシュ、中央のリンクをヘアラインとした。幅はラグからクラスプへ向けて絞られる。クラスプは薄型化され、ラック・アンド・プッシャー式の微調整機構を備える。
ムーブメントのCal.8912は、Cal.8900系から日付機構を省いたとされる自社製自動巻きである。基本構成は前任のCal.8400と共通で、直列の2つの香箱とシリコン製ヒゲゼンマイを備える。コーアクシャル脱進機は、Omegaが量産化した摩擦の少ない脱進機構である。振動数は毎時25,200振動 (3.5Hz)で、時針を単独で1時間刻みに送る時差修正機能を持つ。
系譜と歴史
2021年3月、Omegaは刷新したSeamaster 300コレクションを発表した。構成はステンレススチール4本とBronze Gold 1本の計5本である。本Refは、黒文字盤とスチールブレスレットの仕様としてその一角を占めた。発表時の報道写真で主に紹介されたのは、別の組み合わせの2本であった。黒文字盤・革ストラップの234.32.41.21.01.001と、青文字盤・ブレスレットの234.30.41.21.03.001である。本Refは両者の要素を掛け合わせた組み合わせにあたる。青文字盤・革ストラップの234.32.41.21.03.001を加え、常設の4本が揃った。
同時発表のBronze Gold、234.92.41.21.10.001は同年6月からの出荷と報じられた。黒文字盤・ブレスレットの本Refも、2021年内に販売が始まった。前世代の233.30.41.21.01.001は、同年をもって生産を終えた。
2023年6月には、Seamasterの名の誕生75周年を記念するSummer Blueコレクションが発表された。Seamaster 300からは234.30.41.21.03.002が加わった。本Refと同じケースとブレスレットを共有する兄弟Refである。文字盤は防水性能の深さを色調で表すグラデーションのワニス仕上げで、夜光も淡い青に改められている。
文字盤や針、ブレスレットについて、本Ref自体の仕様変更を公表した記録は2026年9月時点で確認できない。Omega公式サイトのカタログにも引き続き掲載され、現行品として生産が続いている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 専門メディア The 2021 Omega Seamaster 300
- 02 専門メディア Omega - Seamaster 300, new 2021 collection
- 03 専門メディア Omega 234.30.41.21.01.001 Seamaster 300 Master Chronometer