設計思想
1. 新世代の自社ムーブメントと共に
2015年のSIHHで、カルティエはまったく新しい腕時計コレクションを披露した。それがクレ・ドゥ・カルティエである。同社はこの年、最高峰の複雑時計から入門的なモデルまで幅広いラインを並べたが、その入口に置かれたのがこのコレクションだった。
背景には、調達ムーブメントからの脱却という業界全体の流れがある。スウォッチグループ外のブランドにとって、ETA系ムーブメントの供給は先細りが見込まれていた。カルティエは2010年代に入り自社開発キャリバーの拡充を進めており、クレはその受け皿として新キャリバーCal.1847 MCを初めて搭載する器となった。番号の1847は、カルティエの創業年に由来する。新ムーブメントにこの数字を与えたことに、コレクションへの位置づけがうかがえる。
2. 「鍵」という着想
クレとはフランス語で「鍵」を指す。名の通り、このコレクションの核はクラウンにある。一般的な円形ではなく、ケースの側面に沿って横に伸びる長方形のクラウンは、引き出して回すと、懐中時計を巻き鍵で巻いた時代の所作を呼び起こす。押し込めばケース面と一体化する。
ケースそのものも新しい設計言語だった。円形のダイヤルを卵形の輪郭が包む、柔らかな曲面の造形。1960年代末から1970年代の時計を思わせる空気をまといながら、仕上げは現代のカルティエのものである。バロン ブルーほど丸みに振らず、カリブル ドゥ カルティエほど男性的でもない。日常に溶け込む一本として構想された性格が、ここに表れている。
3. WGCL0005の位置と、その後
WGCL0005は、男性向け40mm径のうち、ホワイトゴールドにシルバーダイヤルを合わせた構成である。発表時、男性向けはホワイトゴールドとピンクゴールドで用意され、いずれも貴金属ケースだった。2016年にはステンレススチール版や二色版が加わり、レディースの31mm・35mmや宝飾・複雑モデルへと裾野を広げていく。
もっとも、コレクションそのものは長くは続かなかった。カルティエは2016年に男性向けのドライブ ドゥ カルティエを送り出し、その後はサントスやタンクといった既存の象徴的なラインへ軸足を戻していった。クレは登場から数年で縮小し、現在はカタログから外れている。短命に終わった新提案ではあったが、自社ムーブメント時代の入口を担ったコレクションとして、WGCL0005はその出発点に位置するリファレンスである。
意匠分析
WGCL0005のケースは、クッション形と円形の中間に位置する柔らかな造形である。WatchBaseはケース形状をクッションと記録するが、実際には円形のダイヤルを卵形の輪郭が抱く構成で、角の立たない曲面が全体を覆う。径は40mm。厚さは11.76mmと、湾曲したケースが手首に沿うことで数値以上に薄く感じられる。ラグは緩やかに下方へ絞り込まれ、ケース素材のホワイトゴールドはポリッシュ仕上げが基調となる。
このRef最大の見どころは、やはり鍵型のクラウンである。横長の長方形断面を持ち、押し込むとケース側面と面一になる。引き出して回す巻き上げの所作に加え、押し戻すと所定の向きへ戻るばね機構を備えるとされる。先端にはブルーの石をカボションカットで配する。素材は合成スピネルと伝えられるが、サファイアとする資料もある。カルティエが伝統的に円形クラウンへ用いてきた青い宝石を、横長の形へ翻案した点に、このコレクションらしさがある。
ダイヤルは銀色で、中央にサンレイ装飾のギヨシェを敷く。ブルーのローマ数字が並び、その内側を細かな分目盛りのチャプターリングが囲む。針はブルースティールの剣型で、中央には秒針が走る。日付窓は6時位置に置かれ、左右対称のレイアウトを保つ。ローマ数字のいずれかに「Cartier」の署名を忍ばせる、いわゆるシークレットサインも受け継がれている。文字盤の青と、クラウンの石の青が呼応する配色である。
風防はサファイアクリスタル。WatchBaseはケースバックを「オープン」と記録しており、シースルーのバックからCal.1847 MCをのぞめる。ローターにはコート・ド・ジュネーブ(ヴァーグ・ド・ジュネーブ)が施されるが、仕上げ自体は華美ではなく実用に徹したものとされる。両方向巻き上げで、毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは42時間。30m防水とアリゲーターストラップ、フォールディングバックルの組み合わせは、ドレス寄りの性格を示している。
系譜と歴史
クレ・ドゥ・カルティエは、2015年1月のSIHHで発表された。同年4月から順次ブティックに並び、男性向けは40mm径、レディースは31mmと35mmの三サイズで登場している。WGCL0005は、このうち男性向け40mmをホワイトゴールドのケースとシルバーダイヤル、アリゲーターストラップで構成したリファレンスにあたる。WatchBaseは生産年を2015年と記録する。発表時、男性向けケースはホワイトゴールドとピンクゴールドの貴金属に限られていた。
2016年になると、コレクションは素材の幅を広げる。フルステンレススチール版が加わり、これに先立ってステンレスと18Kピンクゴールドの二色版も用意された。レディースにはダイヤモンドベゼルや宝飾仕様が展開され、フライングトゥールビヨンやパヴェダイヤモンドといった複雑・宝飾モデルも生まれている。
もっとも、コレクションの勢いは長く続かなかった。2016年にはカルティエの新たな男性向けコレクション、ドライブ ドゥ カルティエが登場し、注目はそちらへ移っていく。クレは登場から数年のうちに縮小し、現在はカルティエのカタログに掲載されていない。WGCL0005を含む初期の貴金属モデルは、コレクションの出発点を示す存在として残されている。